2026年1月16日金曜日

花森忌によせて



 1978年1月14日未明、花森安治は心筋梗塞を再発させ、自宅でなくなった。きょうは48回めの祥月命日。きょねん暮れ、1冊の岩波新書が届いた。送り主は編集部大先輩の河津一哉さん。電話をかけると、95歳になる先輩は「その本の成り立ちを藍生さん(花森さんの息女)から教えられ、それを伝えたかったから」とこたえ、あとがきをまず読むように勧めてくれた。

 著者永井幸寿さんは1955年生まれ、災害復興に関わる法律を専門とする弁護士。中学1年生の時、母親が購読していた『暮しの手帖』96号「特集・戦争中の暮し」を読んで以来だいじに持ち続け、花森がのこした言葉を胸に刻みこみ、57年目にして本書を書き上げたのだった。テーマは副題に示されているように、法によって国民の「命と暮らしは守られるのか」——欧米と日本の法制度を比較しつつ、戦時や災害時に生きた人々の証言をまじえ、本当に守られてきたか、丹念にしらべ分析している。正確を期して、法の条文と法律用語がならぶ文章は、けっして読みやすくはなかったけれど、そこで引用された人々の証言によって、法は国民の命と暮しを守るためではなく、<国家>体制を維持することを金科玉条にかかげ、権力者たちの保身のためであることが、史実と証言をもって検証されていた。

 戦後80年、世界が戦争へと傾斜してゆくとき、本書は小さな光明ではあるけれど、これからの日本が進むべき未来を照らしている。岩波新書2069(2025年6月20日発行 価1060円+税)

              ※

 著者は、本書の第3章を「核がもたらすもの——原発事故・原爆投下の時」として、東日本大震災時における福島第一原発事故の顛末を詳細に検証している。事故は起こるべくして起きており、しかもその処理の仕方にも住民への配慮が全くなかったことを明らかにし、そのやり方を長崎原爆投下後の政府対応に照らしあわせ、非常事態に陥ったとき、国民には「情報を隠す」という権力の<本性>を論証してみせた。政府にとってつごうの悪いことは、いつの世もメディアを通じて情報を統制する。隠すのは国民を不安がらせない、という名分のもとに行われる。しかしそれが責任逃れのための時間稼ぎにすぎなかったことは、被災者の証言で明らかになる。原発の再稼働と新増設、さらには核持ち込みと核保有論の裏に、なにが隠されているか、推して知るべき時であろう。

 いったん戦争が始まれば、一人ひとりの人権は法によって厳しく制約を受ける。日中事変に始まる15年戦争で、人々の言動の自由を奪ったのは、国家総動員法であり治安維持法であった。この悪名高き法を、スパイ防止法と緊急事態条項の名に変えて法制化しようとしているのが、安部政治の継承者である高市内閣である。参政党、維新の会、国民民主、それに連立離脱前の公明党がそれに同調している。皮肉な見方をすれば、その内閣を支持する国民は、みずからの手足に、みずから進んで、喜んで<枷>をはめようとするようなものだ。この手合いにかぎって、あとで「だまされた」「本当は反対だったけれど、言えるような空気じゃなかった」と言いわけする。ただし、次の核戦争後に、人類が生き残っていればの話である。大恐慌の後には世界大戦が待ち受けている。日本列島を未曾有の大震災が待ち受けている。法は国民を守ってくれない。若い人にその覚悟はあるだろうか。

              ※

 花森安治は生前、『暮しの手帖』は波打ち際に立つ1本の杭だ、と言っていました。その杭は、いまは誰の眼にも見える。しかし波にのみ込まれて、見えなくなる日がいつかやって来る。それでも絶対に動くな、しっかり立ち続けろ、と言っていました。本書の著者永井幸寿さんは、花森が『特集・戦争中の暮しの記録』で書いたコラム<この日の後に生まれてくる人に>から、次の一節を引いています。——いま、これを読んでいる君がいつの時代にいて、どこで読んでいるのかはわからない。しかし、誰がなんといおうとこれが戦争である。たとえボロボロになっても、この本を伝えて欲しい。これが戦争を生きぬいてきた者の一人としての切なる願いである——この花森の言葉が中学1年生の永井さんの胸を打ち、本書執筆の原動力になったことを記しています。花森を回向し、なによりの供養になったのではないか、と小生は思いました。本書をお読みいただき、また「戦争中の暮しの記録」もよんでくだされば、うれしくおもいます。


<註>上記は今月14日、小生がフェイスブックに投稿した拙文です。ブログの更新をせずにいましたが、いまなおページを開いてごらんくださる方がいらっしゃいますから、転記投稿しました。

2018年1月27日土曜日

『花森安治装釘集成』W受賞

花森安治装釘集成 2016

書 名 花森安治装釘集成
著 者 花森安治(1911ー1978)
編 者 唐澤平吉 南陀楼綾繁 林哲夫
写 真 河津一哉
装 釘 林哲夫(レイアウト)
発行日 平成28年11月25日(奥付は3日、文化の日)
発 行 みずのわ出版
発行者 柳原一德(写真・校閲)
発行所 山口県周防大島町西安下庄 庄北2845
印 刷 山田写真製版所
製 本 渋谷文泉閣  
判 型 B5判 PUR製本 288ページ
定 価 8000円+税



第51回造本装幀コンクール(2017)
●主催 (社)日本出版協会・(社)日本印刷産業連合会 
◎日本書籍出版協会理事長賞 受賞

受賞作品目録




第59回全国カタログ展(2018)
●主催 (社)日本印刷産業連合会
◎審査員特別賞(松永真賞)・図録部門 銀賞


受賞作品目録



 【ひとこと】
おもいがけず賞を二ついただきました。どちらも出版・デザイン・印刷業界で半世紀以上の歴史をもつ名誉ある賞です。たいへん光栄でありがたく、編者の一人としてよろこびをかみしめています。とはいえ、地方の一人出版社の刊行物で、宣伝販売がゆきとどかず、版元は苦労しています。本好きの方のみならず、出版編集およびブックデザイン関係者の方にお求めいただければ、なによりです。

2017年1月14日土曜日

花森安治装釘集成 

表紙とオビ
じっさいの表紙は白色で文字が白箔押し(凹)


書 名 花森安治装釘集成
著 者 花森安治(1911ー1978)
編 者 唐澤平吉 南陀楼綾繁 林哲夫
写 真 河津一哉
協 力 暮しの手帖社
装 釘 林哲夫(レイアウト)
発行日 平成28年11月25日(奥付は3日、文化の日)
発 行 みずのわ出版
発行者 柳原一德(写真・校閲)
発行所 山口県周防大島町西安下庄 庄北2845
印 刷 山田写真製版所
製 本 渋谷文泉閣  
判 型 B5判 並製 288ページ
定 価 8000円+税


10月25日は、花森安治の誕生日、ことしは生誕105年でした。
ふしめの日に、刊行できなかったのは残念ですが、それでも小生にとって長年の夢がかない、ほんとうにうれしくおもっています。ついに日の目を見ることになりました。

このむつかしい時世に、男気で出版をひきうけてくれた版元の柳原さんをはじめ、装本レイアウトに丹精をこらしてくれた林哲夫さん、正鵠を射た解説によって本書の格調をあげてくれた南陀楼綾繁さん、そのほかに暮しの手帖社ゆかりの河津一哉さん、平賀美乃里さん、いまはなき宮岸毅さん、横佩道彦さん、中川顯さん、そして島根大学図書館、世田谷美術館など、多くの方々の協力を得て、ようやくでき上がりました。こころから感謝しています。

本書に収載したタイトルは500点を超え カラー図版は約1,000点にのぼります。花森安治が手がけた、松江高校時代にはじまる戦前戦中戦後の装釘のしごとを、ほぼ網羅しています。装釘家であり、イラストレーターでもあった花森安治。この一冊で、その生涯にわたる活躍ぶりを、見わたしていただける内容になったと自負しています。これが実現できたのも、出版を許諾してくださった土井藍生さんのおかげです。ありがとうございました。お伺いすべきところですが、信州伊那谷から、あつくお礼申し上げます。

本書では、拙ブログ「花森安治の装釘世界」で公開をせずにとっておいた、希少の珍しい花森作品を数多くごらんいただくことができます。惜しむらくは古書のために、刊行当時の色調が褪せていたり変色したりしていることですが、それでも花森安治ならではの自由な画法、かき文字の力強さといったもの、なにより一作ごとに斬新であろうとした職人かたぎの創作姿勢が、どのページからもつぶさに伝わり、ひたむきな情熱を感じとっていただけるでしょう。とくにデザインを志す若い方々にごらんいただきたくおもいます。



チラシ

【ご購入方法】
本書は少部数の限定出版のため、一般書店でのご購入はちょっとむつかしく、みずのわ出版まで直接ご注文いただくのがもっとも確実です。

電話・ファクシミリ 0820−77−1739
メールアドレス mizunowa@osk2.3web.ne.jp

■注文部数・お名前・ご住所・電話番号をお知らせください。
■本が郵便振替用紙同梱で送られます(送料無料)。
■到着から10日以内を目処にご送金ください。恐れ入りますが、郵便局への御足労と、振替手数料はご負担願います(窓口よりも、ATMを使ったほうが手数料が安く上がります。ただし月3回まで)。

■銀行振込をご希望の場合、別途見積書、領収書等が必要な場合は、その旨お知らせください。
・代引サービスは取り扱っていません。あしからずご了承ください。


【制作の舞台裏から】
本書制作は、林さんに相談したのが発端です。みずのわ出版は、先に林さんの装本レイアウトで『佐野繁次郎装幀集成』を刊行し、広く好評を得ていました。おなじようなスタイルで、花森本も一冊にまとめられたらと願いました。それが六年前のことです。

ところが、ことは容易ではありませんでした。制作にかかわる四人の地理的特異性です。みずのわ出版は山口県周防大島、林さんは京都、南陀楼(河上)さんは東京、そして小生は信州伊那谷で暮しています。モノを持ち寄って、ちょっと打ちあわせ、というわけにはまいりません。

また、いざ始まると、持ち前の<欲>が出てきました。もっと良くしたいという、モノ作りの現場で生まれてくる際限のない欲です。できるかぎり多く書影をのせたい、その思いが強いあまり、追加蒐集に手間どり、そのうえ花森安治の特色が見てとれるレイアウトにしてほしいと註文をつけて、目次や本文文字組、奥付など、可能な限り見てとれるようにと、せっかくできていた林さんのレイアウトをやりなおしてもらうという、まことに失礼なわがままを通しました。刊行までにかくも長い歳月を要したその責は、ひとえに小生にありますが、その甲斐があったとよろこんでいます。

本書の制作をとおして、プロのしごとを再認識しました。それは『書影の森』の著者、臼田捷治さんも感心しておられましたが、装本レイアウトの林さんのセンスのよさと共に、ひとり出版社を主宰する柳原さんの責任感のつよさ、お二人のまじめで綿密なしごとぶりです。柳原さんは周防と信州、周防と松江、そして周防と京都をいくども往復し、泊まりこみで撮影、書誌データの蒐集、校正にあたってくれました。いかにコンピューター時代でも、やはり要所はひとの手しごとであること、良いしごとは手間ひまがかかること、そのことをお二人は妥協せずに見せてくれました。

南陀楼綾繁さんは、<縁>というキーワードによって、花森の装釘のしごとを解説してくれました。本書もまた、花森安治を敬愛する人々の縁が結ばれて、できあがりました。人の世の不思議をおもい、感慨無量です。出版界の将来に、小さいながらも一つ、希望の灯をともし、人々のこころに、天才アルチザンのいのちが吹きこまれることを、願ってやみません。

そしてここに感謝したいのが、山田写真製版所で印刷を担当してくれたみなさんです。元本に照らし、なんども色校正をだして、印刷に細心の注意と手間をかけてくださいました。編者冥利につきます。ありがとうございました。

書名の文字を白箔押ししただけの白亜の表紙には、花森への敬虔な思いが、花森の絵柄に似せた楽しげなオビには、親愛の情がこめられているようで、やさしい気持に包まれます。専門書に類するため、大部数刊行がためらわれ、そのため一冊単価は高くなってしまいましたが、手にとっていただき、扉を開いてごらんいただけば、花森安治の豊饒な装釘世界を、どなたもきっとご満喫いただけることでしょう。

どうぞよろしくお願い申し上げます。


【追記】
きょう1月14日は花森安治の祥月命日。
花森がなくなった日の早朝、東京はこぬか雨でした。やがて冷たい風が吹きはじめ、町に冬の寒さがもどると、伊豆大島近海を震源とする、大きな地震が何度かありました。 そのとき暮しの手帖研究室では、なにごともなかったかのように、しごとをしている自分がいました。胸が疼きます。

このブログは、この追記をもって終了しますが、いまなお閲覧してくださる方がいますから、とうぶんは閉じずにおきます。願わくば、花森安治のためにも、なるべくコピペをしないでいただきたく存じます。

長い間、拙ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございました。









2016年11月17日木曜日

花森安治装釘集成 刊行迫る

面付で印刷の上がり具合を確認

みずのわ出版から『花森安治装釘集成』の進行状況について、山田写真製版所での制作現場写真をそえて連絡がありました。担当責任者から「濃度の濃いところのインク負けしないよう、やや圧かけて刷りました。ドライダウンに負けずしっかり乗っていると思います。予想通りの沈み具合です」と伝えられたそうです。一つ一つていねいな仕事ぶりが写真からわかります。もう刊行は目前です。

オビの色味具合

見本の表紙の上がり具合(書名は箔押し)

さっそく見本が作られたようです。白いシックな表紙と色あざやかなオビが、花森安治の装釘世界へ、ここちよく誘います。出来上がりが、ほんとうに待ち遠しい。

見本誌を開くとこんな感じ


「心躍りする本」になっていると、手前味噌ながら、言い切れます。この本には、みずのわ出版柳原さんと、山田写真製版所の現場担当者の、ぶざまな仕事だけはしたくないという、<職人魂>がこもっています。

早く手にとって、実物を目にしたいですね。

みずのわ出版では引続きご予約受付中です!
 花森安治装釘集成
唐澤平吉・南陀楼綾繁・林哲夫 編
2016年11月25-26日頃出来
B5判並製282頁 収録タイトル500点超 カラー図版約1,000点
税込定価 8,640円(本体8,000円+税640円)
ISBN978-4-86426-033-6 C0071
みずのわ出版
〒742-2806 山口県大島郡周防大島町西安下庄、庄北2845
Tel/Fax 0820-77-1739 mizunowa@osk2.3web.ne.jp

【版元柳原さんのメッセージ】
・高いめの価格設定ですが、ものを手にすれば納得していただけるものと確信しております。「書影の森―筑摩書房の装幀1940-2014」(2015年5 月刊、税込10,800円)よりも買いやすい価格にという要望もあり、また「書影の森」と比較して多少でも実売部数増が見込めることもあり、可能なところ まで価格を下げることにしました。加えて、今回はネット販売の予約とりを扱っていただける書店さんもあり(定価です)、予約特価は設定しておりません。ご了承願います。その代わりと云ってはアレですが、何ぞオマケがついてくる……かもしれません。
・注文部数・お名前・ご住所・電話番号をお知らせください。本が出来次第、郵便振替用紙同梱でお送りします(送料無料)。書籍の到着から10日以内を目処 にご送金をお願いします。恐れ入りますが、郵便局への御足労と、振替手数料はご負担願います(窓口よりも、ATMを使ったほうが手数料が安く上がりま す)。
・銀行振込をご希望の場合、別途見積書、領収書等が必要な場合は、その旨お知らせください。
・代引サービスは取り扱っておりません。あしからずご了承ください。
★★★
京都の誠光社さん、ホホホ座さん、古書善行堂さんでも、ご予約受付中です。お買上げ1万円以上で送料無料となります(あと1点、このさい欲しい本とあわせてご注文いただけたら、です)。詳細は以下サイトへ。
誠光社 https://seikosha.stores.jp/items/57f2354c9821cc7c4b001362
ホホホ座 http://gake.shop-pro.jp/?pid=108435036
古書善行堂 http://zenkohdo.shop-pro.jp/?pid=108273799

2016年10月22日土曜日

大下宇陀児 生誕120年特別展

案内リーフレット


小生が暮す長野県箕輪町がうんだ探偵小説作家、大下宇陀児の生誕120年を記念して、町の郷土博物館で、特別展がはじまりました。

大下宇陀児は、江戸川乱歩や横溝正史らと共に日本の推理小説界の発展に大きな貢献をはたした作家でしたが、明智小五郎や金田一耕助のような主人公を設定した作品をのこさなかったため、いつしかその名を忘れ去られてしまった作家の一人です。だから愛妻の名をもじったペンネーム、大下宇陀児を「おおした・うだる」と正確に読める人も、今では少なくなりました。

しかし、大下の「人間派」とも「社会派」とも称された作風を高く評価したのが、じつはミステリ小説をこよなく愛した花森安治でした。花森は『暮しの手帖』に二度にわたって大下の随筆を掲載しており、かつてこのブログで紹介したように、大下の自選作品集『凧』(早川書房・第二版)の装釘もしています。


花森安治装釘『凧』表紙


今回の特別展開催にあたり、町教育委員会の要請があり、小生も上掲の『凧』のほか、大下宇陀児の写真や江戸川乱歩と花森安治の対談を掲載した雑誌『宝石』など、展示に協力しました。すでに終了しましたが、朝ドラ「とと姉ちゃん」のおかげで『暮しの手帖』と花森安治の名まえが記憶に新しいだけに、大下宇陀児と花森安治のとりあわせは、観覧におとずれた人々に、うれしさを伴った驚きをもって迎えられています。


特別展図録・表紙


開催期間は、大下の誕生日11月15日まで。入場無料。毎日午前9時〜午後5時。月曜休館。 郷土博物館は箕輪町役場の近く。信州が生んだ偉大な探偵作家の生涯と業績について、あらためて広く知ってもらう機会になればと、小生もおもいます。




2016年10月15日土曜日

『暮しの手帖』と花森安治の素顔

カバー おもて


書 名 『暮しの手帖』と花森安治の素顔
共著者 河津一哉+北村正之
構 成 小田光雄(インタビュー)
装 釘 宗利淳一
発行日 平成28年10月15日
発 行 論創社
発行者 森下紀夫
発行所 東京都千代田区神田神保町2−32 北井ビル
印 刷 中央精版印刷(組版 フレックスアート)  
判 型 四六判 本文183ページ
定 価 1600円+税


著者の河津一哉さんから早速ちょうだいしました。
《「素顔」といいながら通りいっぺんで、かの「編集室」の生き生きとした描写の足もとにも及びません》
と、一筆箋に添えられた河津さんのことばは、もちろんその謙虚すぎる人柄をあらわすものであって、本書の内容はけっして「通りいっぺん」ではありません。
河津さんは『暮しの手帖』のもっとも古い男子編集部員で、同じ年に入部の宮岸毅さんとともに、花森安治の厚い信頼をえていた大先輩です。河津さんも宮岸さんとおなじで、とても慎み深く、ことばをよく選んで、テーマとなっている花森安治の本質を伝えようとします。だから読んでいると、おやっとおもうところが必ずあります。そこにテーマを解く<鍵>が埋められています。そこを読みすごすと本書は「通りいっぺん」になるとおもいます。たとえば、河津さんのこんなことば(118〜9頁)に、『暮しの手帖』の栄光と挫折がさりげなく浮かび上がります。

《それと『暮しの手帖』はあくまで花森の雑誌だったということですね。例えば、広告を載せないことは花森の信念とエディターシップに由来するものだし、広告ではなく読者がスポンサーになっていることに自信を持っていた。
そうした彼の信念、エディターシップ、自信といったものは大橋鎭子にしても考えが及ばなかったし、我々も同様だった。そうしたことを含め、花森なき後の会社の将来に関して、見通すことは無理でした。》

本書は、出版状況クロニクルやブログ古本夜話で著名な小田光雄さんによるインタビューで構成されています。小田さんは、出版業界の生き字引と称される博識をもって、さまざまな角度から花森安治と『暮しの手帖』に迫ります。それに相対する元編集部員のうけこたえは、小生も端くれとはいえ元部員だったせいか、心情がよくわかり、節度をもって抑制されたふたりの語り口が、とてもさわやかでした。認識をあらたにさせられた一冊です。

朝ドラ「とと姉ちゃん」と共に、鎭子さんをめぐる多くの書籍がでて『暮しの手帖』はいちやく話題になりました。ドラマがおわり、押しよせた波がひこうとするいま、憲法の尊厳が崩されようとしているとき、花森安治の『暮しの手帖』って、いったい何だったのか、それをあらためて知りたいという方に、本書をおすすめします。

澤田編集長にかわってから、編集部と読者のあいだが狭まり、著者と読者のあいだが近づいたように感じています。それは、上から目線で教えようというのではなく、読者と共に暮しを考え、いっしょに良くしていこうという姿勢への変化、の現れではないでしょうか。言いかえれば、それは花森イズムへの回帰であり、「とと姉ちゃん」はそのきっかけを作り、後押しをしてくれたドラマのように思えます。


【幻戯書房の近刊案内に注目!】
津野海太郎著『花森安治伝』であきらかにされた、花森安治の従軍手帖と、銃後の妻子あてに書いた書簡などが、一冊にまとめられ、11月下旬刊行されます。その概要を幻戯書房のサイトからコピペして以下に供します。来月は、花森安治ファンにとって、ひとしお楽しみ多き月になりそうです。
 
・花森安治 著  土井藍生 編
・書名『花森安治の従軍手帖』
・A5判上製 256頁
・予価2500円 

敗戦以前、花森安治が二度の従軍(38年、43年)と大政翼賛会宣伝部時代に書き残した手帖と書簡類を100余点の写真とともに収録。

<構成内容>
1 「従軍手帖」を含む39年~45年の手帖5冊
2 妻子宛に送った40年~44年の書簡・葉書13点
3 既刊未収録エッセイ、卒業論文「社会学的美学の立場から見た衣粧」
4 巻末資料 回想談・土井藍生 
    解説・馬場マコト(『花森安治の青春』著者)



2016年9月18日日曜日

ぼくの花森安治

ぼくの花森安治 カバーおもて

書 名 ぼくの花森安治
著 者 二井康雄(ふたい・やすお)
校 閲 円水社
装 釘 三木俊一(題字 二井康雄 カバー画 佃二葉)
発行日 平成28年8月13日
発 行 CCCメディアハウス
発行者 小林圭太
発行所 東京都目黒区目黒1−24−12
印刷所 慶昌堂印刷株式会社
判 型 B6 本文173ページ
定 価 1400円+税

元「暮しの手帖」編集部員、二井康雄さんの回想記です。
二井さんも小生の先輩にあたりますが、前回紹介の小榑雅章さんからすれば後輩です。しかしカバーにも記載されていますように、在籍40年のキャリアを誇るベテラン編集者であり、書家、詩人、映像評論家などなど、その多彩な才能をいかし、現在も活躍しています。

二井さんは、小生がいたころの編集部ではまだ若手で、諸先輩のしごとのかげにかくれがちでしたが、たのまれるとイヤといえない質でした。たとえば冬の研究室でつかう暖房用のアラジン・ブルーフレームの管理をまかされ、ひとり黙々と整備していた姿が想い出されます。暮しの手帖編集部のしごとは、二井さんのような質実な存在もあって、成り立っていたのです。

とはいえ二井さんは、当時からマニアックな面もあり、映画や音楽への造詣もふかく、自宅の壁面に、ドーナツ盤レコードがぎっしりつまった棚があって、ふだんのイメージを一新させた記憶があります。本書をよみ、二井さんの若き日の研鑽がしごとに開花しているのがわかり、ふかく納得しました。その意味で本書は、雑誌編集者にさまざまなタイプがある中で、ひとつのお手本の姿がしめされているとおもいました。

そしてつまるところ、二井さんの文章をよみ、あらためて、花森安治のひと(編集者)を育てる力量の大きさに気づかされます。本書にこめた著者のおもいが、しっかり届く回想記。おすすめです。

【あらずもがなのひとこと】
本書紹介が、刊行後1か月以上もおくれ、申しわけありません。ここ信州の地域性なのでしょう。書店に大河ドラマ「真田丸」の特設コーナーはあっても、「とと姉ちゃん」コーナーはありません。類書が多く刊行されているのに、ひょっこり書店に立ち寄って買う、ということは不可能なのです。この先、町の書店は、どうなるのでしょうね。


2016年7月15日金曜日

「暮しの手帖」初代編集長 花森安治

暮しの手帖別冊 表紙


誌 名 「暮しの手帖」初代編集長 花森安治 
編集兼発行人 阪東宗文
発 行 暮しの手帖社
発行所 東京都新宿区北新宿1−35−20
発売日 平成28年7月8日(臨時増刊号)

この、ハッセルブラッド(カメラ)を肩にかけているダンディな男性こそ、伝説の天才編集長、花森安治その人です。

かっこよすぎて、見とれてしまう。 うれしくなってしまう。
表紙を見ただけで、酔ってしまうのだから、あとは・・・。

なかを読んで、おもわずうなりました。花森安治のひとがら、その多彩な才能が、さまざまな角度から、あざやかに描かれています。1997年にでた「保存版花森安治」にあった、散漫な印象が、この別冊では、きれいに払拭されていました。だから、 往年のファンはあらためて、花森を知らない若い世代はおどろきをもって、天才編集者の魅力を、じゅうぶん堪能なさるでしょう。

多くの手しごとが、わかりやすく紹介されています。若き日の写真のかずかずが、まさに異彩を放っています。くわしくは、どうぞ下記のサイトをごらんあれ。
http://www.kurashi-no-techo.co.jp/bessatsu/e_2094.html

<花森安治の仕事展 来春開催決定>
 世田谷美術館で、「花森安治の仕事展——デザインする手、編集長の眼」と題する展覧会が来春開催されます。期間は2017年2月11日(土)から4月9日(日)あなたの眼で、華麗でかわいい作品のかずかずを、じかに見てください。

【必見! NHK Eテレ 日曜美術館】
7月17日(日)午前9時、NHK Eテレ「日曜美術館」で、花森安治の描いた『暮しの手帖』30年間の表紙画のかずかずが、初めてテレビで紹介されます。世田谷美術館での展覧にさきがけての放映で、お住まいが遠くて来館のむつかしいかたには好機です。ご家族そろってごらんください。花森安治は、絵を描いても一流であった、それが伝わります。
http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2016-07-17/31/12617/1902689/ 


【あらずもがなのひとこと】
こんかいの参議院選挙は、きわめてざんねんな結果でした。
美しいものを見ると、こころが和みます。やさしくなれます。
花森安治の願いと祈りが、あなたの胸にとどきます。
こころがざらついたあなたに、ぜひ、おすすめしたい一冊です。
選挙に勝ったと熱狂しているあなたにも、ぜひ読んでいただきたい一冊です!

2016年7月1日金曜日

花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部

カバーおもて


書 名 花森さん、しずこさん、そして暮しの手帖編集部
著 者 小榑雅章(こぐれ・まさあき)
校 閲 大沼俔子
装 幀 佐々木暁(装画 花森安治)
発行日 平成28年6月11日
発 行 暮しの手帖社
発行者 阪東宗文
発行所 東京都新宿区北新宿1−35−20
印刷所 精興社
判 型 B6 本文399ページ
定 価 1850円+税


朝ドラ「とと姉ちゃん」が始まって、小生ごとき者にも取材や原稿依頼がとびこんできます。 そんなとき、たかが六年ほど花森さんのもとで働いたからと、しゃしゃり出るのは図々しく、われながら如何なものか、とおもってはいます。でも自分が、見たまんま、聞いたまんま、感じたままを述べればいい、花森安治と『暮しの手帖』のことです、いいかげんなまま捨て置かれるわけはなく、だれかが事実をおぎない、その全貌をあきらかにしてくれるとおもって、本がたくさん出るのをよろこんでいます。

そんな、つぎつぎと類書が出る中で、こころ躍る一冊が、ようやく刊行されました。読みながら感嘆することしきりでした。小生とは比べものにならない小榑先輩のキャリアが、内容を厚く濃いものにしています。小榑先輩の「いまこそ書かねば」という気魄が、始めから終わりまで、ひしひしと伝わって圧倒されます。その根底に流れるのは、暮しへの愛情と、暮しを踏みにじるものへの怒りだとおもいます。そして拙著『花森安治の編集室』にはない気配りが、文章にも行間にも、いや本ぜんたいに満ちていて、じつに爽快でした。

花森安治に培われた文章力がみごとです。これぞ暮しの手帖編集部の歴史をものがたる名著。どなたにも、ぜひ読んでいただきたい本です。

小榑さんのブログを紹介させていただきます。いまの日本の状況を憂う危機感が、強く迫ってきます。ジャーナリストとして、かくありたいものです。(下記をクリック)
http://blog.livedoor.jp/moshihana/


【追記】
今月は同じく編集部先輩の二井康雄著『ぼくの花森安治』(メディアハウス)も刊行されるようです。こちらもたのしみです。でも地方に暮していると、近刊も店頭ではなかなか手に入りません。紹介がおそくなること、ご了承ください。





2016年4月8日金曜日

花森安治の編集室(文春文庫)

花森安治の編集室 文庫版カバーおもて


書 名 花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々
著 者 唐澤平吉
装 釘 大久保明子(カバー写真提供 土井藍生)
発行日 平成28年4月10日
発 行 文藝春秋
発行者 飯窪成幸
発行所 東京都千代田区紀尾井町3-23
印刷所 図書印刷(DTP ジェイ エスキューブ)
製本所 加藤製本
判 型 文庫 本文282ページ
定 価 640円+税


晶文社から1997年9月に刊行された拙著の文庫による復刻版です。
「怖いもの知らずゆえに書けた本」が文庫担当者の読後評でした。それがこんかい復刻の僥倖にめぐまれたのは、NHK朝の連ドラ「とと姉ちゃん」に便乗してのこと。暴走する馬の尻尾にしがみつくハエのごときで、こわがりの小生、気が気ではありません。

と言いながらも、「とと姉ちゃん」にあやかって読売オンラインに寄稿しています。長文にもかかわらず、ほぼ原稿どおり掲載していただきました。下記をクリック。
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160404-OYT8T50080.html?from=ytop_os2_tmb

『暮しの手帖』の文章を書くうえでだいじなことを、花森安治は時々に説きました。拙著に、一つ書きもらしたことがあります。
「ひとを描くときは浪花節だ」——
つまり、ひとを批評家の目で描いてはいけない、というような意味だろうと理解しています。それができているかどうか、自信なんてありませんが、わたしはその花森のことばを頭においてかいたつもりです。

若書きゆえの粗雑な文章で、こんかい読みなおして身の縮むおもいでした。けれども生来アタマも粗雑にできているせいで、じぶんが書いた文章を、いつしかおもしろがって読んでいるのんきな自分がいて、まったくもってアホかいな、でした。 お気がむけば、どうぞ読んでやってください。本日発売です。


カバーうら 帯とも


晶文社版は、平野甲賀さんの装釘でした。文庫版は大久保明子さん。花森さんの愛娘土井藍生さんからお借りした写真に、大久保さん手作りの文字で、あたたかみのあるやさしいカバーにしてくださいました。身にあまる光栄です。

ところで、じつは拙著にはもう一人、カバーをデザインしてくれた方がいます。グラフィックデザイナーの望月五郎氏。1998年4月から放映された東芝日曜劇場『カミさんなんかこわくない』に登場し、ドラマの中でカバーを制作してくれました。望月氏を演じていたのが天下の二枚目俳優の田村正和さん。ドラマの演出に平野甲賀さんが直接協力していたのでした。わがカミさんは、美男の田村さんをみて絶叫し、小生の顔を見るなり、大きなため息をつきました。どうしてかしら。

2016年3月31日木曜日

花森安治伝(新潮文庫)

文庫版カバーおもて

書 名 花森安治伝 日本の暮しをかえた男
著 者 津野海太郎
解 説 中野翠
装 釘 平野甲賀(カバー装画 花森安治)
発行日 平成28年3月1日
発 行 新潮社
発行者 佐藤隆信
発行所 東京都新宿区区矢来町71
印刷所 大日本印刷
製本所 憲専堂製本
判 型 文庫 本文427ページ
定 価 670円+税


新潮文庫担当者M・Hさんからちょうだいしました。
この本は、津野さんの、もちまえの博識に、じつに緻密な資料検証が加わった、みごとな花森安治の評伝です。なるほど、そうだったのかと、目を開かれることばかり。なにより読みやすく、わかりやすい文章に感銘をうけます。編集者の文章のお手本です。

そんな名著に、拙著『花森安治の編集室』からも引用されています。またしても、うれしさと申しわけなさが入り混じります。二十年前、小生が「津野さんに読んでほしい」と晶文社に拙文をもちこんだのが、拙著刊行のきっかけでした。いまからおもえば、持ち込んだ小生も、引き受けた津野さんも、冒険というか蛮勇でした。むろん小生は、津野さんの懐の大きさ深さに賭けたのでした。津野さんは小生の恩人です。ところがなぜか、あのときからお会いできる機会に恵まれないでいます。

けれども今、あらためて読ませていただいておりますと、遠く離れていても、花森安治をおもう時間は、ずっと近いところで流れていたのを感じました。これも縁というものなのでしょう。 こんかいの文庫化で、買いもとめやすくなりました。戦前に回帰しつつある現在の状況でこそ、ぜひ多くの方に読んでいただきたいものです。


カバーうら・オビ共


【あらずもがなのひとこと】
解説は中野翠さん。中野さんの父上は、花森安治とおなじ明治44年生れなのだそうです。じつは小生の父も同年生れ。小生がこどものころ、いまでは使われなくなった表現に「地震カミナリ火事オヤジ」あるいは「カミナリオヤジ」がありました。星飛雄馬の父の星一徹、あるいは寺内貫太郎みたいな、怒鳴りまくるオヤジは、全国津々浦々、けっして珍しくなく、わが父もその一人でした。犬を飼ってもいないのに、玄関に「猛犬注意」の札をみずから書いて張り付けていた。いまじゃそんなカミナリオヤジも絶滅危惧種。似ても似つかぬ虐待オヤジばかり増殖しているようにおもえるのは、不肖のせがれの杞憂かしら。

2016年3月10日木曜日

逆立ちの世の中(文庫版)

逆立ちの世の中 カバーおもて

書 名 逆立ちの世の中
著 者 花森安治(カバー本文扉イラスト)
解 説 松家仁之
発行日 平成28年2月25日
発 行 中央公論新社
発行者 大橋善光
発行所 東京都千代田区大手町1−7−1
印刷所 三晃印刷(DTP平面惑星)
製本所 小泉製本
判 型 文庫 本文247ページ
定 価 780円+税


「編集付記」にあるように、本書は1954年に河出書房からでた新書を文庫化したものです。すでに62年の歳月がすぎています。しかし、読んでいると、これはまさにいまのことを言ってるのではないか、とおもえる箇所がずいしょにあります。たとえば——

《書生論というのは、しかし理に合うか合わないかを大切にして、シキタリ・ナラワシにはこだわらぬ考え方である。世間では、その書生論をケイベツして、シキタリ・ナラワシのワクの中で上手に泳ぐ「オトナ論」を尊重したがるふうがあるが、それでは見たまえ、いまの日本のありさまを。

MSAにしたって、保安隊にしたって、いや、それより何より、昨今の呆れ果てた疑獄の、あのザマを見たまえ。「オトナ論」をふりまわし、書生論を青くさいとケイベツする連中の、さかしらにやっていることが、アレだ。》

文中にみえるMSAと保安隊は、いまの日米安保条約と自衛隊がつくられるもとになった軍事協定と武装組織であり、「昨今の呆れ果てた疑獄」とは、アベさんが尊崇するおじのサトーさんが手をそめた造船疑獄(贈収賄)事件のことです。どうですか。これらを閣議決定で憲法解釈をかえて戦争法をつくったり、アマリさんら閣僚がやったりしたことに置き換えれば、まさに「いまの日本のありさま」ですよね。

「書生論」は、いまではつかわれない言葉ですが、学生や若者の意見といえるでしょう。花森は、学生や若者のそれが「理に合うか合わないかを大切に」する考え方から生まれるものであり、またそれが健全で公正な社会をたもつのに必要な姿勢として、期待しています。安保法制の廃止をもとめ、野党の一致団結をのぞむ若者たちの考えには、党利党略をこえた理があります。愚かな「オトナ論」の側には立ちたくないものです。花森安治の主張は、今もけっして古くありません。ぜひ読んでください。あした3月11日、東日本大震災、福島第一原発事故がおきたあの日から、早五年をむかえます。


【もうひとこと】
きょう3月10日は、故大橋鎭子さんの誕生日でした。朝ドラ「とと姉ちゃん」の放映が近づいて、いろいろと関連本が出版されますが、やはり鎭子さん本人がかいた『「暮しの手帖」とわたし』(暮しの手帖社より近日ポケット版を刊行)がおすすめです。身近に接したひとの思い出はふしぎで、歳月とともに澄んできて、やさしいものに変わってゆきます。そういえば、妹の芳子さんも誕生日は3月10日。姉妹おなじ日なのでした。そしてこの日は、奇しくも東京大空襲の日でもあります。


右から鎭子さん、宮岸毅さん、芳子さん。この写真は昭和58年春、赤坂のレストランで小生ら夫婦が結婚披露したときの一コマ、同僚の中川顯くんがとってくれていました。小生は退職して十年いじょうもたっていたのですが、会社以外の場所でしばしば会っています。いろいろと用を仰せつかりました。それがいまとなっては、やっぱり鎭子さんらしい、とおもえてきました。四人は、もういません。


逆立ちの世の中 カバーうら(帯とも)

【さらにひとこと】
松家仁之さんの解説が読ませます。花森の著作だけでなく、『暮しの手帖』そのものをよく読んでおられたことがわかり、うれしくよませていただきました。

【3月17日のひとこと】
今夜で、国谷裕子さんのNHKクローズアップ現代が終った。 世界に開かれていた「窓」を失ったようで、さみしい。視聴料を払っている甲斐が、ますますなくなった。




2016年1月14日木曜日

風俗時評(文庫版)

文庫版カバー・オモテ 2016


書 名 風俗時評
著 者 花森安治(カバー本文扉イラスト)
解 説 岸本葉子
発行日 平成27年12月20日
発 行 中央公論新社
発行所 東京都千代田区大手町1−7−1
印刷所 三晃印刷(DTP平面惑星)
製本所 小泉製本
判 型 文庫 本文164ページ
定 価 620円+税


きょう1月14日は花森忌。
花森安治の祥月命日で、なくなってから39回めにあたります。まえに書いたことですが、花森忌とは小生がかってにつけたもので、正式な忌日名ではありません。ハナモリという姓もじゅうぶん詩的ですが、どなたかセンスある人に、花森安治にふさわしい、詩を感じさせる忌日名をつけてほしいものです。

ご案内のように、この春始まるNHK朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」は、暮しの手帖創業者の大橋鎭子さん姉妹がモデルです。ドラマ後半は戦後の活躍がえがかれ、花森安治(ドラマでは花山伊佐治)の協力をえて出版社をたちあげ、暮しに役立つ雑誌をつくります。鎭子さんの奮闘ぶりもさりながら、小生には世紀の天才編集長のしごとぶりがどのように演出されるか、ドラマでは花森がえがいた表紙絵なども映され、その才能がリアルに表現されると聞いて、いまから興味はつきません。

「とと姉ちゃん」の放送にあわせて、花森安治の著書や関連本がつぎつぎと文庫化されます。
花森安治著『逆立ちの世の中』(中公文庫)
津野海太郎著『花森安治伝』(新潮文庫)
馬場マコト著『花森安治の青春』(潮文庫)
長尾剛著『大橋鎭子と花森安治』(仮題・PHP文庫)
歴史読本編集部 『大橋鎭子と花森安治 戦後日本の「くらし」を創ったふたり 』(仮題・中経の文庫)
船渡俊介著『評伝花森安治』(仮題・イースト・プレス)
大西香織編『花森安治 美しい「暮し」の創始者 増補新版』(KAWADE夢ムック)
著者不詳『大橋鎭子 花森安治と創った昭和の暮らし』(三才ブックス)
塩澤実信著『大橋鎭子と花森安治「 暮しの手帖」二人三脚物語』(北辰堂出版)


「おまえがか!」といわれそうで恐縮ですが、じつは拙著『花森安治の編集室』も文春文庫として出してもらえることになりました。二十年まえに書いた本をよむと、文章も内容も若書きゆえの粗雑さがめだち、くじけそうになります。しかし秘密保護法や安全保障関連法を成立させ、立憲主義を無視するアベ政権によって憲法を変えようとされる今、花森がいのちをかけて守ろうとした民主主義と平和な日々の暮しへのおもいを伝えることに、拙著がわずかでも力になればと念じています。



文庫版カバー(オビ)・ウラ面

【ひとこと】
本書『風俗時評』は、ラジオで放送した花森の話を速記でおこして文章化したもの。だから読んでいるうち、小生には、編集部で花森が口述して筆記させたときの声と話のリズムがそのままよみがえり、とてもなつかしかった。花森の話術と人柄がよくわかる本である。こんかいの文庫は黒ではなく、白を基調としたカバーになり、花森らしさが出ていてよかった。

2015年12月6日日曜日

花森安治 calendar 2016

タテ515×ヨコ300ミリ 13枚つづり


ことしもまた新しい花森安治カレンダーをちょうだいした。
『暮しの手帖』の表紙を飾ったときよりも大きく、ていねいに印刷されており、ハッと目をひく。うつくしい。瞬間こころが躍る。深く感謝しています。

表紙につかわれているのは、1970年 2月発行『暮しの手帖』2世紀第4号の表紙。どこかイスタンブールの街なみをおもいおこさせる。けれどそこに描かれたかわいい花々から、小生の連想は、江間章子『花の街』の歌にとんでしまう。


七色の谷を越えて
流れて行く 風のリボン
輪になって 輪になって
かけていったよ
歌いながら かけていったよ

美しい海を見たよ
あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって
踊っていたよ
春よ春よと 踊っていたよ

すみれ色してた窓で
泣いていたよ 街の角で
輪になって 輪になって
春の夕暮れ
ひとりさびしく ないていたよ


かつてこのブログで、花森が装釘した川奈美智子著『こんな日こんなとき』を紹介した。そこに小生は、川奈美智子についてよくわからない、と書いた。じつは川奈は江間章子とおなじ生年で、ともに駿河台女学園に学んでいる。そして江間は大政翼賛会で花森とともに国策に協力従事していたのであった。江間は戦後、翼賛会で働いた過去をふかく恥じていたにちがいない。ほとんど語らなかった。

小生が暮しの手帖社に入社してまもなく、新人のために歓迎会を中華レストランの王府でひらいてくれた。いまだ忘れ得ないのは、新人を代表させられ、余興に歌をうたわされたことだ。カラオケなんかない時代である。

小生はひとつ覚えの『夏の思い出』をアカペラでうたった。江間章子の代表作であることは知らなかった。歌い始めたら宴の空気がいっきに沈むのを感じた。やはり場違いだったか、と小生は「誤解」した。——そうではなかった。小生は、花森の過去に、なにも知らずに侵入していたのであった。

「ひとの痛みをわかる人間であれ」
——花森のそれが口ぐせであった。
沖縄の人々の、からだとこころから、戦争の傷と痛みは、いまだ消えていない。米軍基地があるかぎり、消えることはないであろう。


<ミニカレンダー>
タテ150×ヨコ150ミリ 14枚つづり

ことしは卓上版にかえて、上掲のような小さいながら壁に掛けるミニカレンダーが用意された。小さいから掛けられる場所がかくだんに増す。ありがたい。
花森安治カレンダー2016についてお問合せとお求めはグリーンショップまで。下記をクリックすると花森安治グッズのコーナーです。
http://shop.greenshop.co.jp/i-shop/category_l.asp?cm_large_cd=25



2015年10月25日日曜日

林達夫著作集5 政治のフォークロア

林達夫著作集5 函オモテ


書 名 林達夫著作集5 政治のフォークロア
著 者 林達夫(1896−1984)
装 釘 原 弘
発行者 下中邦彦
発行日 昭和46年2月25日初版第1刷
発 行 平凡社
発行所 東京都千代田区三番町5
印刷所 東洋印刷株式会社
製本所 和田製本工業株式会社
判 型 B6判 並製函入り 本文370ページ
定 価 1800円(初版第13刷)


《かつてファシスト教育理論家の一人ガブリエリは、「ファシズムは一つの新しい教育理論である」と言った。そのわけはファシズムは「国家によって教育される人間」という新しい型の教育理想を完全に実践に移した革新的理論であり、かかることは従来の旧い伝統と偏見とに充ちた痛風的な教育の到底なし得なかったことだというのである。》

《人が克服しえないと考えたこの積弊を打破したところに、(即ち自由主義的、ブルジョア民主主義的教育を一掃して、教育を完全に「国家」に、ブルジョアジーの独裁に公然と従属させたところに、)彼はファシスト教育の功績を認めているのだ。》

《だが、(略)彼のいわゆる「国家によって教育される人間」とは事実においては「強力によって片輪にされる人間」のことであり、「支配階級の完全な道具にされる人間」のことである。》

《かかる片輪の道具=人間を作る教育がもし「理想の教育」であるならば、人間の教育は警察犬や軍馬の「訓練」と少しも異なるところがないだろう。》


うえの引用は、本書に収載された「イタリア・ファシズムの教育政策」と題する評論からで、解題によれば初出は岩波書店昭和7年11月に発行された『教育』とあります。つまり今から83年もむかしに書かれています。しかし、あたかも現政権下の日本に起こりつつあるような、いかにも身につまされるような気分に、あなたも、なりはしませんか。

——わたしに林達夫の存在と文章を意識するきっかけを与えてくれたのは、花森安治でした。まだ二十歳代であったわたしは、『暮しの手帖』の文章に日夜どっぷり浸っているうち、そのとりすましたようなお行儀の良さがどうにもがまんできなくなり、ある日の編集会議で「明治人の文章」というようなテーマでプランを出し、一例として北村透谷の文章をあげて音読したことがありました。

そのとき花森は、「 そうだなあ、キミなんか、ハヤシタップを読んだほうがいいんじゃないか。ハヤシタツオは若い人にもっと読まれていいとボクなんかおもうけどな。読んでごらん」と笑いながらこたえ、プランはもちろん却下でした。

きょう10月25日は、花森安治の誕生日。生誕104年にあたります。
その記念の日に、なにか花森にまつわることを書いてしのびたいとおもい、いろいろ考えあぐねましたが、けっきょく林達夫にゆきついてしまいました。編集会議のときの花森のおだやかな声が、どうしてもよみがえるのです。

現政権は、若者たちの活字離れのスキをついて、自由な学問と言論、教育を蹂躙しようとしています。SEALDs への対抗策として、教育への政治圧力はさまざまな手段と方法でさらに露骨になるでしょう。いまのアベ政治は、まさに戦前のファシズムに回帰しようとしているとしか見えません。

——花森の『暮しの手帖』の文章は、ただ平易で簡明なばかりでなく、しっかりした思想と哲学によって裏打ちされ、リファインされていました。その文章作法を培うためのいわば肥料として、花森は林達夫の文章をすすめてくれたのだとおもえます。ここに紹介したのは、林達夫の「爪の垢」にすぎませんが、これだけでも煎じて飲む価値はありそうです。ジャーナリズムにかかわる人々には、林達夫がのこした文章を、幅広く読んでほしいものです。クレバーな為政者は、つねに過去の歴史のやり口に学んでいます。


【蛇足】いま古本業界では全集物の価格がたいへん下がっています。平凡社『林達夫著作集全6巻・別巻書簡1』は、学生のお小遣いで買えるお値打ち全集。早い者勝ちです。


2015年9月17日木曜日

樹をみつめて

2006



書 名 樹をみつめて
著 者 中井久夫(カバー写真とも)
発行日 平成18年9月20日
発 行 みすず書房
発行所 東京都文京区本郷5−32−21
印刷所 本文 三陽社 扉・表紙・カバー 栗田印刷
製本所 青木製本所
判 型 四六判 上製カバー 本文268ページ
定 価 2800円+税



《戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない》

《今、戦争をわずかでも知る世代は死滅するか現役から引退しつつある》

《戦争はいくら強調してもしたりないほど酸鼻なものである。しかし、酸鼻な局面をほんとうに知るものは死者だけである》

《時とともに若いときにも戦争の過酷さを経験していない人が指導層を占めるようになる。長期的には指導層の戦争への心理的抵抗が低下する。その彼らは戦争を発動する権限だけは手にしているが、戦争とはどういうものか、そうして、どのように終結させるか、その得失は何であるかは考える能力も経験もなく、この欠落を自覚さえしなくなる》

 ——その結果、
きょう平成二十七年九月十七日、参議院特別委員会でまた、わが国の憲政史上にひときわ大きな汚点がしるされた。安倍政権は、主権者である国民の声を無視して、戦争法案を強行可決した。


上の《》にくくった文節は、中井久夫著『樹をみつめて』におさめられた「戦争と平和についての観察」からの引用です。初出は平成十七年九月、すなわち中井先生はすでに十年前、戦争を知らない世代がおこすであろう愚挙を予見されていたことになります。中井先生が予見できたのは、特殊な予知能力によるものでは、むろんありません。学者としての誠実な探求と知見をとおして、古今東西につうじる<真理>を導きだされたのです。中井先生のこのエッセイは、政府与党が公述人として招致した曲学阿世の徒の無知蒙昧ぶりとは、まさに対極にあります。学問とは何かがわかります。

わたしは昨年の夏、このブログでNHKの報道姿勢の偏向を問いました。しかしこの一年の政府偏向ぶりはひどくなる一方で、昨夜からきょうにかけての報道はその頂点に達したとおもえました。とりわけ政治部の田中泰臣記者の政権阿諛追従ぶりには、腹立たしさを通りこして、憐れすらもよおしました。だまし討ちを謀った鴻池委員長とともに、その名を末代まで辱めることに、はたして気づいているのでしょうか。

こんかいの戦争法案が、いったいだれのためか、だれを守るものか、この中井先生の著述には的確にしめす一節がひそんでいます。

《イラク戦争においても、米軍がバグダッドに迫ったときには兵站線が伸びきって補給が追いつかず、飲まず食わずに近い状態であったという》

わたしたち日本人は、太平洋戦争の敗因のひとつは兵站(武器弾薬および食料補給)の枯渇にあり、米軍の豊富な物資にまけたと思い込んでいます。つまりそれが先入観としてあって、米軍への後方支援(兵站)がさも容易であるかのように錯覚させてはいないでしょうか。いまの米軍はちがうのです。終りのない戦いで、モノ・カネ・人がたりません。

政府は兵站の容易ならざることを知っています。だからこそ「非戦闘地域にかぎる」という文言を法案から外し、国民の目をあざむいて、「後方支援」というあいまいな名目で、自衛隊をどこにでも派遣できるようにしたいのです。

この一事をもってしても、こんかいの法案が、日本の安全保障であるかのようにみせかけた、米軍のための戦争法案であることが明白です。イラク戦争の時、NHKの報道記者がフリーランスにたよらず、みずからが戦場に立って取材していれば、「後方支援」のまやかしがすぐにわかったはずです。上からああ言えこう言えと指示されて、台本どおりに報道するのならば、それはジャーナリズムではありません。記者という職責への侮辱です。田中記者は自らに問い、もっと深く悩むべきです。


きょうはこころがざらついて、よけいなことを書きすぎた気がします。要は、中井先生のこの本を、みなさんにお薦めしたかったのです。かつて中井先生はわたしに、花森安治の編集手法の特質は「親試実験」にあった、と指摘してくださいました。ひとのことばを鵜呑みにするのではなく、みずから確かめることが大事ということです。なにかおかしいと感じたら、なぜだろうと考える。まずはそこから始まるのでしょう。奥田くんの公述に感動したなら、集団催眠にかかっているかのような政府与党のおかしさを、いったいなぜなのかと疑いつづけるべきでしょうね。わたしのおもうところ、戦争法案をあくまでも違憲ではなく合憲と主張しなければ、国会議員としての「法的安定」を否定することになるからでしょう。

十九日未明、戦争法案は参議院でも自民公明与党らの賛成多数によって可決され、法律として成立しました。この瞬間、政府与党だけでなくすべての国会議員は、憲法違反者の集団と化したのではないでしょうか。この状態を正すのが司法に課せられた役割です。はたして司法は、憲法を遵守するでしょうか。

【日本国憲法】
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。


「安全保障関連法に反対する学者の会」
9月20日 学者の会抗議声明100人記者会見
https://www.youtube.com/watch?v=QkIeX62Ywfc&feature=youtu.be 




2015年8月6日木曜日

はだしのゲン

1975

書 名 はだしのゲン 第一巻青麦ゲン登場の巻
著 者 中沢啓治(1939−2012)
解 説 尾崎秀樹(1928−1999)
発行人 今田 保
発行日 昭和50年5月12日(初版)
発 行 汐文社
発行所 東京都千代田区外神田2−3−2
印刷所 東銀座印刷出版株式会社
判 型 B6 並製カバー 本文276ページ
定 価 480円(但し初版発行時)


 「唐澤クン! 机の上でちゃんと読め!!」
——花森安治のするどい叱声に、わたしは跳び上がりそうになった。花森はそんなわたしにおかまいなく、もう背を向けて、歩きさっていた。その時わたしは『はだしのゲン』を机の下にかくすようにして、無我夢中で読みふけっていたのだった。

四十年前の夏、暮しの手帖編集部でのことだった。
読者感想文のページ「私の読んだ本」担当者の机のうえに、つぎの号で紹介される本がつみあげられており、その中の一冊が中沢啓治著『はだしのゲン』であった。しょうじきいえば、わたしはすこぶる怪訝であった。マンガなんか本ではない、と浅はかな考えをしていた。

当時、マンガブームであった。わたしとおなじ年ごろの男たちが、電車の中でアタッシュケースから週刊漫画誌をとりだし、はじらうふうもなく読みふける光景を、わたしは苦々しくおもいながめていた。オレはそんなみっともないマネはしないぞ!

そんなわたしだったから、しかも勤務時間中であり担当でもなかったから、『はだしのゲン』がどんな内容なのか知ろうとして、ついつい机の下にかくすようにして、こっそり読みはじめたのだった。目がクギづけになった。ページをめくる手が止まらない。我を忘れて読んでいたとき、通りすがりの花森がわたしのその卑屈な姿を目にとめて言ったのだ。

わたしは恥ずかしく、机の上において読み続けることはできなかったけれど、すぐに書店で刊行されていた4巻まで買いもとめ、うちで正座して読みとおした。花森の「ちゃんと読め」の叱声が耳にのこり、なにより著者中沢啓治にたいして、もうしわけないとおもう気持があった。


暮しの手帖 Ⅱ世紀38号 「私の読んだ本」のページ


感想文を投稿した原孝子さんは、末尾にこう書いている。
《私は、「はだしのゲン」はマンガでしか描かれなかったと思う。井伏鱒二の「黒い雨」におとらぬ作品だと思う。この「はだしのゲン」は、わが家ではじめて親と子の「共有」になった本といえる。》

それから四十年、当時は独身だったわたしも二児の父親になっている。愚息らも小学生になると、すすめたわけではなかったが、ふたりともかってに本棚からとりだして、いっしんに読んでいた。わが家でも父子ではじめて「共有」する本になった。

子どもは深く感動すると、あたかも放心しているかのように、しばらく無言になることにそのとき気づいた。今夏『はだしのゲン』は再刊されるという。親子で読みついでいってほしい本である。国民を欺こうとする為政者にとって、いちばんつごうの悪いものは、いつの世も<真実>である。


カバー裏 1975年当時の著者像と談話



【もうひとこと】
残念なことにわたしたちは、あくまで立憲主義を否定する安倍政権下で戦後七十年をむかえ、広島に原爆が投下された日をむかえることになった。しかし、平和を築き保つことは、もとよりたやすいことではない。「ペンは剣よりも強し」を信じ、わたしもあきらめない。志をおなじくする人々は、たくさんいる。自民党や公明党にだって、きっといてくれると信じたい。良心にしたがおうとせず、強者に言われるまま生きるのは、それは自ら人権を放棄した<奴隷>にすぎない。

花森安治の声が聞こえる。「日本国憲法をちゃんと読め!」

第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。


2015年7月2日木曜日

70seeds『戦争中の暮しの記録』



書 名 戦争中の暮しの記録 保存版
編 者 暮しの手帖編集部
発行人 大橋鎭子
発行日 昭和44年8月15日
発 行 暮しの手帖社
発行所 東京都中央区銀座8−5−15
印刷所 大日本印刷株式会社
判 型 B5判 本文294ページ
装 本 布クロス上製 角背ミゾつき型押し カバー ビニール掛 
定 価 850円(但し初版第1刷時、現在2378円)


安倍内閣による憲法違反の解釈変更によって、集団的自衛権行使容認の閣議決定をおこなってから一年。今月十五日には安全保障関連法案、通称「戦争法案」を衆議院特別委員会で採決する方向にあります。無法者の蛮行に胸のつぶれるおもいです。


70seeds というサイトがあります。
戦後70年の「知らなかった」と出会うWebメディア——と表題にしめすとおり、さまざまな角度から日本の戦後七十年をさぐる一年間限定の企画なのだそうです。そこに6月30日、『戦争中の暮しの記録』制作秘話ー「暮しの手帖」の70年が公開されました。わたしが敬愛してやまない編集部の大先輩、河津一哉さん(85歳)が『戦争中の暮しの記録』と師の花森安治について、深いおもいを、おだやかですがつよく、たしかに語っています。(下記をクリック)
https://www.70seeds.jp/kurashi-no-techo/

時宜をえた企画です。インタビュアーの取材がみごとです。ざらついたこころに今あたたかく届きます。無法者に負けてはいけないと、わたしたちを静かに勇気づけてくれます。ぜひ、ごらんください。



2015年4月16日木曜日

宮崎静夫さん

宮崎静夫 「異国の丘」2004 油彩


おととし平成二十五年三月、「戦中・戦後の戦病者〜二度の除隊を経て花森安治のあゆみ〜展」がひらかれました。わたしは暮しの手帖編集部の大先輩、河津一哉さんとともに、東京九段下の<しょうけい館>を訪れました。時をおなじくして九段下の<九段ギャラリー>では、「平和と人権を考える絵画展2013 元満蒙開拓青少年義勇団・シベリヤ抑留者宮崎静夫の世界展」もひらかれていました。

おもいがけない遭遇でした。さかのぼること三十五年まえ、花森安治がなくなった年のことです。「暮しの手帖」Ⅲ世紀55号に「今年もまた夏がきた」と題する異色の反戦記事が掲載されましたが、じつはそれを企画したのが河津さんであり、反戦画家として紹介されたのが宮崎静夫さんだったのです。


『暮しの手帖』Ⅲ世紀55号1978 (見出し文字 大橋鎭子)



展覧会の開催はもとより、会場での出会いを申し合わせたわけではありません。じっさい地下鉄の階段をあがって外に出たとき、河津さんははじめて宮崎さんの展覧会を知ったのでした。熊本からの宮崎さん、東京杉並からの河津さん、そして長野からの小生、その三人が、暮しの手帖という雑誌の縁によって、奇しくも三十五年ぶりに出会いました。


「宮崎静夫の世界展」リーフレット


宮崎静夫さんは昭和十七年、十五歳にして満蒙開拓青少年義勇軍に志願しました。敗戦によりソ連軍の捕虜となってシベリヤへ送られ、四年間も抑留されました。そこで宮崎少年が体験した光景は、平和であればごくふつうに暮せたであろう人々が、戦争ゆえに演じてしまう<地獄>でした。

ふるさとに帰る日を夢みながら、シベリヤ抑留でなくなったのは、極寒の自然環境と過酷な労役による傷病死だけではありませんでした。精神錯乱、自死、ささいなことから起こる捕虜同士のなぐり合い、リンチ、わずかな食料をめぐる殺し合いが、まれではなかったのです。だれにも止められず、眼を背けているしかなかった・・・それが地獄で生きぬくことでした。その記憶が復員した宮崎さんに、絵筆をとらせる動機となりました。

死者たちの無念を伝えなくてはならぬ。
二度と戦争をおこしてはならぬ 。

宮崎さんがかく絵は、どれも明澄さと陰鬱さが同居しています。陰鬱さをもたらしているのはリアルに描かれた兵士と髑髏——。 明澄さをもたらしているのは、どこまでも蒼く澄んだシベリヤの空と透きとおった風ではないかとおもえます。その下で、戦争という愚かな人間のいとなみがくり返され、そこに吹く永遠の風がいまも挽歌をうたいつぐ——。

「わたしがかく絵は売れません。でも、わたしにはこういう絵しか描けないのです」という宮崎さんに、小生が「シベリヤでなくなった人たちの魂の声がきこえてくるような気がします」とこたえたとき、花森安治のおもかげに似た宮崎さんの眼に、涙がにじみました。

死者と向き合い、その魂と語り合い、描くことを使命として選ばれたのが宮崎静夫という画家であり、その画業を支えるために選ばれたのが妻の久子さんであったとおもえます。宮崎静夫は美大を出ていません。海老原喜之助の弟子となり、おなじ弟子であった久子さんと結ばれたのでした。

編集者河津一哉はこう記事に書いています。
《戦争の記憶がしだいに風化してゆく時の流れの中で、宮崎さんは、静かに、鋭く、生と死をかきつづける。それは過去にとらわれているのではない。そこに描かれるのは、むしろ、未来のための、奥深い呼びかけであり、人間のやさしさ、生命のいとおしさである。》

去る四月十二日、わたしたち戦争を知らない者のために、戦場の死者の魂を描きつづけた画家宮崎静夫は、悲しく透きとおった風となって去りました。享年 八十七。

合掌



2015年3月24日火曜日

新版きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記

新版きけわだつみのこえ カバー 1995


書 名 新版 きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記
編 者 日本戦没学生記念会
発行者 安江良介
発行所 岩波書店
発行日 1995年12月18日 第1版
判 型 文庫
価 格 700円(税込・発売当時)


『戦争中の暮しの記録』とあわせて読んでほしいのが上掲書です。前者が、戦時を生きのびた人々の手記であるのに対して、こちらは学生に限られてはいますが、戦場であたらいのちを失った若人の手記をあつめています。<わだつみ>とは海神をいみする古語。さきごろフィリピン沖にしずむ戦艦武藏が発見されたのも、わだつみからの警鐘のようにおもえます。本書におさめられている一通の手紙を、以下に引用し紹介させていただきます。


《この手紙、明日内地へ飛行機で連絡する同僚に託します。無事お手元に届くことと念じつつ一筆を執ります。

目下戦線は膠着状態にありますが、何時大きな変化があるかも知れません。それだけに何か不気味なものが漂っています。生死の境を彷徨していると、学生のころから無神論であった自分が今更のように悔まれます。死後、どうなるか? といった不安よりも現在、心の頼りどころのない寂しさといったものでしょうね。その点、信仰厚かった御両親様の気持が分るような気がします。

何か宗教の本をお送り願えれば幸甚です。何派のものでもいいのです。何派のものでも期するところは同じだと思います。たとえ一時的でもいい、心の平衡が求められればいいのです。

この土地の言葉はタガログ語です。この点、外語で支那語を専攻した自分にはちょっと取りつきにくいですが、いくらか土人の言葉にも馴れました。言葉が分ると自然と人情が湧いて来るものです。皮膚の色が変っても人情上は変りありません。母上がいつかおっしゃられたように無益の殺生は部下にも堅く禁じております。

マニラ湾の夕焼けは見事なものです。こうしてぼんやりと黄昏時の海を眺めていますと、どうして我々は憎しみ合い、矛を交えなくてはならないかと、そぞろ懐疑的な気持になります。避け得られぬ宿命であったにせよ、もっとほかに打開の道はなかったものかとくれぐれも考えさせられます。

あたら青春をわれわれは何故、このような惨めな思いをして暮さなければならないのでしょうか。若い有為の人々が次々と戦死していくことは堪らないことです。

中村屋の羊羹が食べたいと今ふっと思い出しました。
またお便りします。このお便りが無事に着けばいいのですが・・・・
兄上、姉上、そして和歌子(姪)ちゃんにくれぐれもよろしく。
早々不一

昭和二十年三月五日

父上様 母上様                 瀬田萬之助 》


瀬田萬之助さんは、三重県で大正12年にうまれました。東京外国語学校支那語貿易科に在学三年後、入営。この手紙を同僚に託したわずか二日後、ルソン島で戦病死しています。享年23。「英霊の御霊に哀悼の誠をささげる」なんて紋切型のセリフを吐いて戦死を美化する者らに、瀬田さんたち若人の無念は、永遠にわからないでしょう。


【あらずもがなのひとこと】
創価学会を支持基盤とする公明党が、平和や福祉の政党ではなく、赤ずきんをかぶったオオカミであったことが判然とした今、日本の他の仏教者たちも、いままた「八紘為宇(八紘一宇の原典)」を公然とポスター掲示する神社(国家神道)に、恥じらいもなくひざまづくような気がする。生死をあきらめることを一大事ととく仏教者であれば、外国へ出かけて他国のためにも武器使用をみとめる集団的自衛権行使に賛成か反対か、態度をはっきりさせるべきだろう。

「たすけんと思ふ心のさきだてて にくまるゝともわらはるゝとも」
——長松清風


<追記 2015/05/27>
真宗大谷派(東本願寺)は5月21日、宗務総長名で「安全保障関連法案に対する宗派声明」において、強く反対の意を表明した。

憲法の「政教分離」をカン違いしている者がいて、宗教者が政治に口出しするなとの非難誹謗もあるが、宗教者といえども参政権は認められており選挙権も与えられている。 真宗大谷派の声明は、宗教者として人間として、しごくまっとうな主張である。