2011年10月5日水曜日

坂西志保さん

1977


書 名 坂西志保さん   
編集者 『坂西志保さん』編集世話人会  
代 表 松本重治
発行日 昭和52年11月1日
発 行 国際文化会館
発行所 東京都港区六本木5−11−16
印 刷 図書印刷株式会社
判 型 A5判 上製丸背ミゾ函入り 無線綴じ 口絵共本文342ページ



奥付


【ひとこと】坂西志保(1896−1976)の追悼集。花森安治の名は「表紙カット」としてのみ記されている。けれども花森が描いたアンティークな置時計を、文字とともに薄墨におさえた色あいは、帰らぬ人となった坂西の人生の「時」を、読者に静かに語りかける。そこに坂西への花森の深い畏敬の念を感じる。

坂西の人生もまた波瀾万丈であった。志保という名まえがキリスト教からきているように、その生涯は利他を使命とし、やさしくつつましく、しかし、たくましさとつよさに満ちていた。アメリカ留学では、ことばの壁をこえるため、寝食をわすれ刻苦奮励した。血のにじむ努力のすえ大学を卒業したが、アメリカ議会図書館日本課の課長に抜擢されたところで日米開戦となり、スパイの嫌疑をうけ強制送還された。ところが祖国日本でも、またもや親米派スパイとうたがわれてしまう。 そんな不条理のなかを生きぬいたのが坂西志保であった。かってなおもいこみで人にレッテルを貼りつけ、正義をおこなったつもりのノーテンキは、古今東西をとわず存在する。


函 おもて


【もうひとこと】本書の「編集世話人会」は、松本重治が代表。以下、大橋鎭子、庄野潤三、白石凡、杉村武、殿木圭一の五名であった。鳥居坂の国際文化会館が近かったせいか、そのころ東麻布にあった暮しの手帖社研究室で、大橋と打ち合せている松本重治のすがたを目にしたことがある。

追悼文をささげた筆者を、掲載順にあげる。
ねず・まさし、高瀬笑子、黒田良信、福島慎太郎、緒方富雄、加藤万寿男、都留重人、坪井忠二、鶴見俊輔、津田正夫、永井道雄、杉村武、福田恆存、安藤謙、大橋鎭子、石井桃子、有吉佐和子、庄野潤三、大岡昇平、安岡章太郎、チャールズ・ファーズ、ジェイムズ・スチュアート、ドロシー・モーリイ、白石凡、扇谷正造、内村直也、江上フジ、殿木圭一、千葉雄次郎、新井裕、高橋紀美子、東畑精一、愛川重義、池田潔、岩田幸子、濱谷浩、金子志ん、松本重治、坂西約翰——以上39名。この交友の多彩さが、坂西の人生を物語っている。

世話人会代表の松本重治は、晩年みずからを「宿屋のおやじ」と称し、国際文化会館の維持運営につくした。松本は神戸出身、母方の祖父は松方正義、近衛文麿と親交をもち活躍した政治ジャーナリスト。政財官に多くの知己があった。著書に『上海時代ージャーナリストの回想』上中下、『近衛時代』上下(いずれも中公新書)がある。