2010年11月10日水曜日

週刊朝日別冊 昭和32年第4号 涼風お楽しみ読本

1957

誌 名 週刊朝日別冊 昭和32年第4号 涼風お楽しみ読本
発 行 朝日新聞社
発行日 昭和32年6月28日
編集人 扇谷正造
目次画 東山魁夷
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全172ページ
定 価 70円

【ひとこと】 別冊の目次は両観音開き。目次まわりを飾っているのが目次画。お気づきのように、錚々たる画家に描いてもらっている。花森が表紙をかいた号だけでも、宮本三郎、初山滋、清水崑、三田康、寺田竹雄、田辺三重松、高野三三男、小絲源太郎、中村岳陵、山口蓬春、東山魁夷、福田豊四郎、小倉遊亀という豪華な顔ぶれ。だが表紙は、目次画と本質的なちがいがある。表紙は絵であって絵ではない。書店にならんだとき、ひときわ客の目をひき、その手にとらせ、買わせるパワーを必要とする。「表紙はポスターである」と花森が看破したゆえんである。花森安治は、雑誌の表紙に思想をあたえた編集者であった。

2010年11月8日月曜日

週刊朝日別冊 昭和32年第3号 新緑特別読物号

1957

誌 名 週刊朝日別冊 昭和32年第3号 新緑特別読物号
発 行 朝日新聞社
発行日 昭和32年4月28日
編集人 扇谷正造
目次画 山口蓬彦
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全172ページ
定 価 70円

【ひとこと】花森が足繁くかよった店の一つが銀座の天賞堂。鉄道模型を買うためである。花森は、知る人ぞ知る鉄道模型のコレクターであった。模型だけではない。鉄道そのものが好きで、電車が走るようすを8ミリに撮ってたのしんでいた。昭和47年<国鉄百年祭に>寄せた花森の詩がある。大沢隆男が曲をつけて『レール』という歌になった。

百年たってみて いろいろやってきて 結局わかってきたことは 鉄道とは 人間を運ぶものだったということではないか それを 儲け第一に考えるのが なにか合理的なことと考え違いして ずいぶん人間を粗末にしてきた 人間を大切にすれば 赤字を出してあたりまえだ 明日から百一年だというではないか あたまの路線を敷きなおし あらためて笛を吹き 汽笛を鳴らすときだ 出発進行!(日本音楽協議会『うたのひろばⅤ』所収)

2010年11月5日金曜日

週刊朝日別冊 昭和32年第2号 傑作時代小説集

1957

誌 名 週刊朝日別冊 昭和32年第2号 傑作時代小説集
発 行 朝日新聞社
発行日 昭和32年2月28日
編集人 扇谷正造
目次画 中村岳陵
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全172ページ
定 価 70円

【ひとこと】花森にしてはめずらしい風景画。校庭からおおぜいの子どもたちの歓声が聞こえそうだ。昭和22〜24年生まれの子どもが学齢に達した。教室がたりないくらい小学校に児童がいた。堺屋太一が「団塊の世代」と名づけた子どもたちである。現在、その子どもたちも還暦をむかえた。施設と働き手がたりなくて、介護を受けられない老人たちが巷にあふれる日が、すぐそこに来ているのではないか。

【お知らせ】いつも「花森安治の装釘世界」をごらんいただき、ありがとうございます。 おそれいりますが、今月から拙ブログの更新日を毎週月・水・金曜日の3回とさせていただきます。更新時刻は、いままでどおり午前6時です。この後ともよろしくお願い申しあげます。

2010年11月3日水曜日

週刊朝日別冊 昭和32年第1号 新春・お楽しみ読本

1956

誌 名 週刊朝日別冊 昭和32年第1号 新春・お楽しみ読本
発 行 朝日新聞社
発行日 昭和31年12月10日
編集人 扇谷正造
目次画 小絲源太郎
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全172ページ
定 価 70円

【ひとこと】このころ暮しの手帖社は西銀座にあった。戦争で焼け残ったビルの3階1室を借りていた。まわりは高級クラブやキャバレーがひしめいて、夕暮れともなれば、華やかに着飾った女性たちが、アリの巣にすいこまれるように雑居ビルの中へと消えていった。ときは神武景気。師走のイブ、銀座の路地では兵隊のようにサンタ姿がくりだし、そこかしこで客集めをしていた。この年の経済白書は「もはや戦後ではない」と記している。楽しげな絵なのに、どこか悲しい。

2010年11月1日月曜日

週刊朝日別冊 昭和31年第6号 特集日本映画

1956

誌 名 週刊朝日別冊 昭和31年第6号 特集日本映画
発 行 朝日新聞社
発行日 昭和31年10月10日
編集人 扇谷正造
目次画 高野三三男
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全172ページ
定 価 70円

【ひとこと】婦人のプラカードにある「太陽族映画」とは、この年に封切られた日本映画『太陽の季節』『処刑の部屋』『狂った果実』のことで、ともに石原慎太郎原作である。いまでは想像もつかないが、当時はこれが公序良俗をみだすと社会問題にまでなった。けれど慎太郎裕次郎兄弟は、旧態に挑むそのかっこよさで世の若人を大いに魅了した。都知事をつとめるお兄さんは、老いてなお血気盛んである。ちなみに当時の日本映画は封切館で100円。国民娯楽の雄であった。