1953 |
書 名 安い部屋
著 者 源氏鶏太(1912−1985)
発行人 大野泰子
発行日 昭和28年10月10日
発 行 東方社
発行所 東京都文京区大塚坂下町57
印刷人 磯貝兌雄
判 型 B6判 上製カバー丸背ミゾ 平綴じ 本文358ページ
定 価 280円(地方定価285円)
本体 表紙 |
扉 |
【ひとこと】源氏鶏太は1951年、『英語屋さん』で直木賞を受賞。その作品は、サラリーマン社会に題材をとったユーモア小説が多いが、本書には、みずからの従軍体験にもとづいた『水兵さん』がおさめられている。源氏鶏太は1944年応召、海軍上等兵として舞鶴防衛隊に配置され、軍隊では日常茶飯事だっだとはいえ、彼もまた十歳も年少の兵長たちの理不尽なイジメにあう。かれらが浴びせる罵声は、花森安治が『一戔五厘の旗』でこめた怨念を、おもい起こさずにはいられない。
——「お前たちの一人や二人を殺したつて、何ともないんだ。三銭の葉書一枚で、いくらでもおかはりがくるんだ。」——
花森の『一銭五厘の旗』にも、葉書一枚で兵を徴集できるというくだりがある。戦後派が多くなったいま、それが召集令状の郵送料であったかのような誤解を招きそうだが、いわゆる赤紙は、役場の吏員が本人に直接とどけることになっていた。ここでいう葉書とは、前線から軍司令部への、欠員補充要請なのだろう。源氏や花森の文中、上官があびせた葉書のねだんは、兵隊の「いのち」の軽さ安さを譬えたものにほかならない。ちなみに花森は「銭はカネではない」と、あえて金偏を省略した字をつかっている(葉書のねだんにかぎって言えば、昭和12年には3銭になっていた。もう少し調べる必要がありそうだ)。
ところで版元の東方社だが、戦時中、対外宣伝誌『FRONT』を発行した陸軍参謀本部直属のあの東方社ではない。関係があるのだろうか。
奥付 |
表紙全体 |
カバー全体 |
【もうひとこと】カバーのタイトルと著者名は小さいが、扉の描き文字は、そのぶん意表をつくようにダイナミックだ。黒のふとい枠線とあざやかな色の配置は、パウル・クレーを感じさせるが、クレヨンの地色をペン先で引っかいて描いた建物があって、あたかも夢の町の地図のようだ——緑地がある。池がある。赤や茶色はどんな街だろうか。想像するとたのしい。仮すまいの不自由をしいられている大震災罹災地の人々には、復興への希望をもってほしい。