2026年1月16日金曜日

花森忌によせて



 1978年1月14日未明、花森安治は心筋梗塞を再発させ、自宅でなくなった。きょうは48回めの祥月命日。きょねん暮れ、1冊の岩波新書が届いた。送り主は編集部大先輩の河津一哉さん。電話をかけると、95歳になる先輩は「その本の成り立ちを藍生さん(花森さんの息女)から教えられ、それを伝えたかったから」とこたえ、あとがきをまず読むように勧めてくれた。

 著者永井幸寿さんは1955年生まれ、災害復興に関わる法律を専門とする弁護士。中学1年生の時、母親が購読していた『暮しの手帖』96号「特集・戦争中の暮し」を読んで以来だいじに持ち続け、花森がのこした言葉を胸に刻みこみ、57年目にして本書を書き上げたのだった。テーマは副題に示されているように、法によって国民の「命と暮らしは守られるのか」——欧米と日本の法制度を比較しつつ、戦時や災害時に生きた人々の証言をまじえ、本当に守られてきたか、丹念にしらべ分析している。正確を期して、法の条文と法律用語がならぶ文章は、けっして読みやすくはなかったけれど、そこで引用された人々の証言によって、法は国民の命と暮しを守るためではなく、<国家>体制を維持することを金科玉条にかかげ、権力者たちの保身のためであることが、史実と証言をもって検証されていた。

 戦後80年、世界が戦争へと傾斜してゆくとき、本書は小さな光明ではあるけれど、これからの日本が進むべき未来を照らしている。岩波新書2069(2025年6月20日発行 価1060円+税)

              ※

 著者は、本書の第3章を「核がもたらすもの——原発事故・原爆投下の時」として、東日本大震災時における福島第一原発事故の顛末を詳細に検証している。事故は起こるべくして起きており、しかもその処理の仕方にも住民への配慮が全くなかったことを明らかにし、そのやり方を長崎原爆投下後の政府対応に照らしあわせ、非常事態に陥ったとき、国民には「情報を隠す」という権力の<本性>を論証してみせた。政府にとってつごうの悪いことは、いつの世もメディアを通じて情報を統制する。隠すのは国民を不安がらせない、という名分のもとに行われる。しかしそれが責任逃れのための時間稼ぎにすぎなかったことは、被災者の証言で明らかになる。原発の再稼働と新増設、さらには核持ち込みと核保有論の裏に、なにが隠されているか、推して知るべき時であろう。

 いったん戦争が始まれば、一人ひとりの人権は法によって厳しく制約を受ける。日中事変に始まる15年戦争で、人々の言動の自由を奪ったのは、国家総動員法であり治安維持法であった。この悪名高き法を、スパイ防止法と緊急事態条項の名に変えて法制化しようとしているのが、安部政治の継承者である高市内閣である。参政党、維新の会、国民民主、それに連立離脱前の公明党がそれに同調している。皮肉な見方をすれば、その内閣を支持する国民は、みずからの手足に、みずから進んで、喜んで<枷>をはめようとするようなものだ。この手合いにかぎって、あとで「だまされた」「本当は反対だったけれど、言えるような空気じゃなかった」と言いわけする。ただし、次の核戦争後に、人類が生き残っていればの話である。大恐慌の後には世界大戦が待ち受けている。日本列島を未曾有の大震災が待ち受けている。法は国民を守ってくれない。若い人にその覚悟はあるだろうか。

              ※

 花森安治は生前、『暮しの手帖』は波打ち際に立つ1本の杭だ、と言っていました。その杭は、いまは誰の眼にも見える。しかし波にのみ込まれて、見えなくなる日がいつかやって来る。それでも絶対に動くな、しっかり立ち続けろ、と言っていました。本書の著者永井幸寿さんは、花森が『特集・戦争中の暮しの記録』で書いたコラム<この日の後に生まれてくる人に>から、次の一節を引いています。——いま、これを読んでいる君がいつの時代にいて、どこで読んでいるのかはわからない。しかし、誰がなんといおうとこれが戦争である。たとえボロボロになっても、この本を伝えて欲しい。これが戦争を生きぬいてきた者の一人としての切なる願いである——この花森の言葉が中学1年生の永井さんの胸を打ち、本書執筆の原動力になったことを記しています。花森を回向し、なによりの供養になったのではないか、と小生は思いました。本書をお読みいただき、また「戦争中の暮しの記録」もよんでくだされば、うれしくおもいます。


<註>上記は今月14日、小生がフェイスブックに投稿した拙文です。ブログの更新をせずにいましたが、いまなおページを開いてごらんくださる方がいらっしゃいますから、転記投稿しました。

2018年1月27日土曜日

『花森安治装釘集成』W受賞

花森安治装釘集成 2016

書 名 花森安治装釘集成
著 者 花森安治(1911ー1978)
編 者 唐澤平吉 南陀楼綾繁 林哲夫
写 真 河津一哉
装 釘 林哲夫(レイアウト)
発行日 平成28年11月25日(奥付は3日、文化の日)
発 行 みずのわ出版
発行者 柳原一德(写真・校閲)
発行所 山口県周防大島町西安下庄 庄北2845
印 刷 山田写真製版所
製 本 渋谷文泉閣  
判 型 B5判 PUR製本 288ページ
定 価 8000円+税



第51回造本装幀コンクール(2017)
●主催 (社)日本出版協会・(社)日本印刷産業連合会 
◎日本書籍出版協会理事長賞 受賞

受賞作品目録




第59回全国カタログ展(2018)
●主催 (社)日本印刷産業連合会
◎審査員特別賞(松永真賞)・図録部門 銀賞


受賞作品目録



 【ひとこと】
おもいがけず賞を二ついただきました。どちらも出版・デザイン・印刷業界で半世紀以上の歴史をもつ名誉ある賞です。たいへん光栄でありがたく、編者の一人としてよろこびをかみしめています。とはいえ、地方の一人出版社の刊行物で、宣伝販売がゆきとどかず、版元は苦労しています。本好きの方のみならず、出版編集およびブックデザイン関係者の方にお求めいただければ、なによりです。

2017年1月14日土曜日

花森安治装釘集成 

表紙とオビ
じっさいの表紙は白色で文字が白箔押し(凹)


書 名 花森安治装釘集成
著 者 花森安治(1911ー1978)
編 者 唐澤平吉 南陀楼綾繁 林哲夫
写 真 河津一哉
協 力 暮しの手帖社
装 釘 林哲夫(レイアウト)
発行日 平成28年11月25日(奥付は3日、文化の日)
発 行 みずのわ出版
発行者 柳原一德(写真・校閲)
発行所 山口県周防大島町西安下庄 庄北2845
印 刷 山田写真製版所
製 本 渋谷文泉閣  
判 型 B5判 並製 288ページ
定 価 8000円+税


10月25日は、花森安治の誕生日、ことしは生誕105年でした。
ふしめの日に、刊行できなかったのは残念ですが、それでも小生にとって長年の夢がかない、ほんとうにうれしくおもっています。ついに日の目を見ることになりました。

このむつかしい時世に、男気で出版をひきうけてくれた版元の柳原さんをはじめ、装本レイアウトに丹精をこらしてくれた林哲夫さん、正鵠を射た解説によって本書の格調をあげてくれた南陀楼綾繁さん、そのほかに暮しの手帖社ゆかりの河津一哉さん、平賀美乃里さん、いまはなき宮岸毅さん、横佩道彦さん、中川顯さん、そして島根大学図書館、世田谷美術館など、多くの方々の協力を得て、ようやくでき上がりました。こころから感謝しています。

本書に収載したタイトルは500点を超え カラー図版は約1,000点にのぼります。花森安治が手がけた、松江高校時代にはじまる戦前戦中戦後の装釘のしごとを、ほぼ網羅しています。装釘家であり、イラストレーターでもあった花森安治。この一冊で、その生涯にわたる活躍ぶりを、見わたしていただける内容になったと自負しています。これが実現できたのも、出版を許諾してくださった土井藍生さんのおかげです。ありがとうございました。お伺いすべきところですが、信州伊那谷から、あつくお礼申し上げます。

本書では、拙ブログ「花森安治の装釘世界」で公開をせずにとっておいた、希少の珍しい花森作品を数多くごらんいただくことができます。惜しむらくは古書のために、刊行当時の色調が褪せていたり変色したりしていることですが、それでも花森安治ならではの自由な画法、かき文字の力強さといったもの、なにより一作ごとに斬新であろうとした職人かたぎの創作姿勢が、どのページからもつぶさに伝わり、ひたむきな情熱を感じとっていただけるでしょう。とくにデザインを志す若い方々にごらんいただきたくおもいます。



チラシ

【ご購入方法】
本書は少部数の限定出版のため、一般書店でのご購入はちょっとむつかしく、みずのわ出版まで直接ご注文いただくのがもっとも確実です。

電話・ファクシミリ 0820−77−1739
メールアドレス mizunowa@osk2.3web.ne.jp

■注文部数・お名前・ご住所・電話番号をお知らせください。
■本が郵便振替用紙同梱で送られます(送料無料)。
■到着から10日以内を目処にご送金ください。恐れ入りますが、郵便局への御足労と、振替手数料はご負担願います(窓口よりも、ATMを使ったほうが手数料が安く上がります。ただし月3回まで)。

■銀行振込をご希望の場合、別途見積書、領収書等が必要な場合は、その旨お知らせください。
・代引サービスは取り扱っていません。あしからずご了承ください。


【制作の舞台裏から】
本書制作は、林さんに相談したのが発端です。みずのわ出版は、先に林さんの装本レイアウトで『佐野繁次郎装幀集成』を刊行し、広く好評を得ていました。おなじようなスタイルで、花森本も一冊にまとめられたらと願いました。それが六年前のことです。

ところが、ことは容易ではありませんでした。制作にかかわる四人の地理的特異性です。みずのわ出版は山口県周防大島、林さんは京都、南陀楼(河上)さんは東京、そして小生は信州伊那谷で暮しています。モノを持ち寄って、ちょっと打ちあわせ、というわけにはまいりません。

また、いざ始まると、持ち前の<欲>が出てきました。もっと良くしたいという、モノ作りの現場で生まれてくる際限のない欲です。できるかぎり多く書影をのせたい、その思いが強いあまり、追加蒐集に手間どり、そのうえ花森安治の特色が見てとれるレイアウトにしてほしいと註文をつけて、目次や本文文字組、奥付など、可能な限り見てとれるようにと、せっかくできていた林さんのレイアウトをやりなおしてもらうという、まことに失礼なわがままを通しました。刊行までにかくも長い歳月を要したその責は、ひとえに小生にありますが、その甲斐があったとよろこんでいます。

本書の制作をとおして、プロのしごとを再認識しました。それは『書影の森』の著者、臼田捷治さんも感心しておられましたが、装本レイアウトの林さんのセンスのよさと共に、ひとり出版社を主宰する柳原さんの責任感のつよさ、お二人のまじめで綿密なしごとぶりです。柳原さんは周防と信州、周防と松江、そして周防と京都をいくども往復し、泊まりこみで撮影、書誌データの蒐集、校正にあたってくれました。いかにコンピューター時代でも、やはり要所はひとの手しごとであること、良いしごとは手間ひまがかかること、そのことをお二人は妥協せずに見せてくれました。

南陀楼綾繁さんは、<縁>というキーワードによって、花森の装釘のしごとを解説してくれました。本書もまた、花森安治を敬愛する人々の縁が結ばれて、できあがりました。人の世の不思議をおもい、感慨無量です。出版界の将来に、小さいながらも一つ、希望の灯をともし、人々のこころに、天才アルチザンのいのちが吹きこまれることを、願ってやみません。

そしてここに感謝したいのが、山田写真製版所で印刷を担当してくれたみなさんです。元本に照らし、なんども色校正をだして、印刷に細心の注意と手間をかけてくださいました。編者冥利につきます。ありがとうございました。

書名の文字を白箔押ししただけの白亜の表紙には、花森への敬虔な思いが、花森の絵柄に似せた楽しげなオビには、親愛の情がこめられているようで、やさしい気持に包まれます。専門書に類するため、大部数刊行がためらわれ、そのため一冊単価は高くなってしまいましたが、手にとっていただき、扉を開いてごらんいただけば、花森安治の豊饒な装釘世界を、どなたもきっとご満喫いただけることでしょう。

どうぞよろしくお願い申し上げます。


【追記】
きょう1月14日は花森安治の祥月命日。
花森がなくなった日の早朝、東京はこぬか雨でした。やがて冷たい風が吹きはじめ、町に冬の寒さがもどると、伊豆大島近海を震源とする、大きな地震が何度かありました。 そのとき暮しの手帖研究室では、なにごともなかったかのように、しごとをしている自分がいました。胸が疼きます。

このブログは、この追記をもって終了しますが、いまなお閲覧してくださる方がいますから、とうぶんは閉じずにおきます。願わくば、花森安治のためにも、なるべくコピペをしないでいただきたく存じます。

長い間、拙ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございました。









2016年11月17日木曜日

花森安治装釘集成 刊行迫る

面付で印刷の上がり具合を確認

みずのわ出版から『花森安治装釘集成』の進行状況について、山田写真製版所での制作現場写真をそえて連絡がありました。担当責任者から「濃度の濃いところのインク負けしないよう、やや圧かけて刷りました。ドライダウンに負けずしっかり乗っていると思います。予想通りの沈み具合です」と伝えられたそうです。一つ一つていねいな仕事ぶりが写真からわかります。もう刊行は目前です。

オビの色味具合

見本の表紙の上がり具合(書名は箔押し)

さっそく見本が作られたようです。白いシックな表紙と色あざやかなオビが、花森安治の装釘世界へ、ここちよく誘います。出来上がりが、ほんとうに待ち遠しい。

見本誌を開くとこんな感じ


「心躍りする本」になっていると、手前味噌ながら、言い切れます。この本には、みずのわ出版柳原さんと、山田写真製版所の現場担当者の、ぶざまな仕事だけはしたくないという、<職人魂>がこもっています。

早く手にとって、実物を目にしたいですね。

みずのわ出版では引続きご予約受付中です!
 花森安治装釘集成
唐澤平吉・南陀楼綾繁・林哲夫 編
2016年11月25-26日頃出来
B5判並製282頁 収録タイトル500点超 カラー図版約1,000点
税込定価 8,640円(本体8,000円+税640円)
ISBN978-4-86426-033-6 C0071
みずのわ出版
〒742-2806 山口県大島郡周防大島町西安下庄、庄北2845
Tel/Fax 0820-77-1739 mizunowa@osk2.3web.ne.jp

【版元柳原さんのメッセージ】
・高いめの価格設定ですが、ものを手にすれば納得していただけるものと確信しております。「書影の森―筑摩書房の装幀1940-2014」(2015年5 月刊、税込10,800円)よりも買いやすい価格にという要望もあり、また「書影の森」と比較して多少でも実売部数増が見込めることもあり、可能なところ まで価格を下げることにしました。加えて、今回はネット販売の予約とりを扱っていただける書店さんもあり(定価です)、予約特価は設定しておりません。ご了承願います。その代わりと云ってはアレですが、何ぞオマケがついてくる……かもしれません。
・注文部数・お名前・ご住所・電話番号をお知らせください。本が出来次第、郵便振替用紙同梱でお送りします(送料無料)。書籍の到着から10日以内を目処 にご送金をお願いします。恐れ入りますが、郵便局への御足労と、振替手数料はご負担願います(窓口よりも、ATMを使ったほうが手数料が安く上がりま す)。
・銀行振込をご希望の場合、別途見積書、領収書等が必要な場合は、その旨お知らせください。
・代引サービスは取り扱っておりません。あしからずご了承ください。
★★★
京都の誠光社さん、ホホホ座さん、古書善行堂さんでも、ご予約受付中です。お買上げ1万円以上で送料無料となります(あと1点、このさい欲しい本とあわせてご注文いただけたら、です)。詳細は以下サイトへ。
誠光社 https://seikosha.stores.jp/items/57f2354c9821cc7c4b001362
ホホホ座 http://gake.shop-pro.jp/?pid=108435036
古書善行堂 http://zenkohdo.shop-pro.jp/?pid=108273799

2016年10月22日土曜日

大下宇陀児 生誕120年特別展

案内リーフレット


小生が暮す長野県箕輪町がうんだ探偵小説作家、大下宇陀児の生誕120年を記念して、町の郷土博物館で、特別展がはじまりました。

大下宇陀児は、江戸川乱歩や横溝正史らと共に日本の推理小説界の発展に大きな貢献をはたした作家でしたが、明智小五郎や金田一耕助のような主人公を設定した作品をのこさなかったため、いつしかその名を忘れ去られてしまった作家の一人です。だから愛妻の名をもじったペンネーム、大下宇陀児を「おおした・うだる」と正確に読める人も、今では少なくなりました。

しかし、大下の「人間派」とも「社会派」とも称された作風を高く評価したのが、じつはミステリ小説をこよなく愛した花森安治でした。花森は『暮しの手帖』に二度にわたって大下の随筆を掲載しており、かつてこのブログで紹介したように、大下の自選作品集『凧』(早川書房・第二版)の装釘もしています。


花森安治装釘『凧』表紙


今回の特別展開催にあたり、町教育委員会の要請があり、小生も上掲の『凧』のほか、大下宇陀児の写真や江戸川乱歩と花森安治の対談を掲載した雑誌『宝石』など、展示に協力しました。すでに終了しましたが、朝ドラ「とと姉ちゃん」のおかげで『暮しの手帖』と花森安治の名まえが記憶に新しいだけに、大下宇陀児と花森安治のとりあわせは、観覧におとずれた人々に、うれしさを伴った驚きをもって迎えられています。


特別展図録・表紙


開催期間は、大下の誕生日11月15日まで。入場無料。毎日午前9時〜午後5時。月曜休館。 郷土博物館は箕輪町役場の近く。信州が生んだ偉大な探偵作家の生涯と業績について、あらためて広く知ってもらう機会になればと、小生もおもいます。