1947 |
書 名 調理科學の實際
著 者 高木和男(1909−2004)
発行人 河出孝雄
発行日 昭和22年10月30日
発 行 河出書房
発行所 東京都千代田区神田小川町3−4
印刷者 對島好文
印刷所 共和印刷
製 本 岸田製本
判 型 B6判 並製平綴じ 本文188ページ
定 価 48円
扉 |
【ひとこと】なんとも悩ましい一冊だ。すぐお気づきになったとおもうが、こともあろうに表紙の著者名が誤植である。和夫ではなく和男が正しい。扉も奥付も和男だから、2対1で和男に軍配をあげたわけではなく、栄養学者の高木といえば和男、和夫のほうは宝塚歌劇である。それだけに悩む。なにせ花森安治は大政翼賛会在職中、宝塚歌劇の脚本をかいたほどで、傑作レビュー『モン・パリ』『パリゼット』を作曲した高木和夫の名は脳裏に刻みこまれていたはず。花森の不注意だったのか。装釘者名がどこにも記されていないところをみると、カットを描いただけで、校正刷りは見せられなかったのか。
この表紙のデザインはどこかちぐはぐで、いわゆる花森安治らしさがない。装釘作品として加えるには、ためらわざるを得ない。じつに悩ましい。それにしても、こんな重大ミスをみすごし配本販売したなんて、河出書房の出版史上、おそらく珍事だとおもう。
奥付 |
【もうひとこと】神奈川県藤沢市に「鵠沼を語る会」がある。ホームページもあって、そこに鵠沼に住んだ著名人(物故者)録があり、高木和男について次のように紹介している。
——幼少より鵠沼海岸に住み、湘南中学に1期生として入学し、横浜工専に進んだ。その1年の時、鵠沼海岸で蜃気楼を撮影、評判となり、芥川龍之介晩年の名作『蜃気楼』のヒントとなった。専門の栄養学研究のかたわら郷土史にも関心を寄せ、『鵠沼海岸百年の歴史』を著すとともに「鵠沼を語る会」の会長も務めた。邸宅は藤沢市に寄贈され、「高木ふれあい荘」として活用される。——
調理科學の實際 ウラ表紙 |