1972 |
書 名 列島おんなのうた
著 者 深尾須磨子(1888−1974)
発行日 昭和47年6月5日
発 行 紀伊國屋書店
発行所 東京都新宿区角筈1−826
印 刷 加藤文明社
製 本 細沼製本所
判 型 B6判 上製 無線綴じ 本文84ページ
定 価 1000円
扉 |
奥付 |
ウラ表紙 |
【ひとこと】さきごろ岡崎武志さんのブログ「okatakeの日記」に本書が出ていた。深尾須磨子の最後の詩集であり、小生が暮しの手帖社に入社した年の刊行である。記憶にないので先輩にきいてみると、花森安治の装釘作業は、とうぜんのことながら、小生入社以前におえていたことがわかった。
花森の性格が如実にあらわれた表紙だ。墨の部分を細いペン先で塗りつぶしている。おそらく黒インクのロットリングを使用したとおもうが、晩年になっても花森は、細かくめんどうな作業を根気よく続けた。助手はいない。凝り性であったと同時に、根っから好きだったのであろう。
表紙全体(書名を淡いすみれ色にしている) |
【もうひとこと】深尾須磨子は、与謝野晶子に師事した詩人。その一生は波瀾万丈。作品の一つに詩集『洋燈(ランプ)と花』があった。表紙は、それを意識したものであろうか。もちろん花森のことである。本書掲載の詩をよんでいる。表題作の「列島おんなのうた」は、つぎのことばに始まる。
大自然の偶像教徒
太陽・風・水・土・
花・草木・鳥・毛物……
おんなのほしい夢 不自由なく
深部にすみれのフェロモン分泌やまず
これよ これよ
これが列島おんなやよ
深尾は若いころパリ大学に留学したのをはじめ、いくども渡欧経験をかさねた。詩や随筆に西欧のにおいがつきまとうのはやむをえないにしても、この最晩年の詩集は<元始>の世界を彷彿させる大らかさに満ちている。
山に千年 海に千年
ああ 宇宙広大無辺
寝たいとき 山と寝る
濡れたいとき 川と濡れる
これよ これよ
これが列島おんなやよ
上のことばで詩はおわる。いま深尾の詩をよみ、日本のおんなの、このたくましさがある限り、日本はまた、かならず蘇る——なぜかそう信じられた。
【さらにひとこと】昭和25年12月発行の 『美しい暮しの手帖』第十号に、深尾須磨子は「私のゆめ」と題する文章を寄せている。深尾はそこに、こう書いた。
「詩を生みだすということは、ほんとにいのちがけの仕事であり、生きながら骨身をけずるほどの、一つの業であると信じている」けれど、「子供向きの家具の設計家になりたい」と思い、「大工の真似ごとや室内装飾などが大好きである。私の詩的野望をそんな仕事に生かすことができたら、どんなに仕合せだろうと思う」
入社して最初の編集会議で小生は「ハンモックを作ろう」という企画を出した。花森安治は笑いながら「プランとしては採用できんが、木蔭でハンモックに寝てみたいという子供のようなこころは、年をとっても忘れちゃいけないよ」と言ってくれた。深尾のかいた文章を読んで、花森のことが、また少しわかったような気がする。