1957 |
書 名 現代のマスコミ 週刊朝日編集長の覚書
著 者 扇谷正造(1913−1992)
発行人 和田欣之助
発行日 昭和32年6月15日
発 行 春陽堂書店
発行所 東京都中央区日本橋通3−8
印刷所 赤城印刷株式会社
判 型 B6判 上製無線綴じ 本文222ページ
定 価 220円
扉 |
奥付 |
ウラ表紙 |
【ひとこと】扇谷正造は、戦前の東大新聞に花森安治が入部を志望してきたとき、一年先輩として面接した男である。爾来、ふたりの友情は、花森がゆくまで続いた。おりにふれ扇谷は、花森のことを、親愛の情をこめて書いている。本書にもそんな箇所があった。
昭和28年秋、NHKラジオで「岡目八目」という題名の放送が始まった。池島信平、花森安治、それに扇谷の三人が出演した鼎談で、山口瞳も毎週欠かさずに聞いたという番組である。宮城の生れでなまりがぬけず、そのうえ早口で話が聞きとりにくかった扇谷の、みずからを羞じ、照れながらの花森礼賛の辞である。
——花森安治氏のは、悠々迫らず、あたかも教祖的おちつきをもって、立論整然、おまけに、時々は、私の話を聞き返してくれたり、いい直してくれたり、いやはや、正に嬉しい友情の限りであった。——
表紙全体(見づらいがコンパスやカラス口など製図用具が描かれている) |
【もうひとこと】本書には、「さしえあれこれ」と題した鼎談をおさめている。出席者は岩田専太郎、産経新聞出版局長の前田重信、それに扇谷の三人。そこで挿絵が扇情的になりがちな傾向に岩田が言及し、こんな発言をしている。
——文章の方はやはり、描写の都合でエロティックになることがある。それを絵描きが更に輪をかけるような絵を描かれることは困る、ということは舟橋さん自身もいってますよ。——
かつて舟橋聖一の『満月』(大元社版)を紹介したとき、志村立美のカバーについて、小生はいささかきつい物言いをしたけれど、その当時の社会感覚からすれば、やはり舟橋にも抵抗があったのであろう。食べてゆくにも窮してしまうと、やりたくないこともやらなくてはならないときが、だれの人生にもあるけれど・・・。