煙管 奥付 |
文明社刊行の文藝叢書5冊の表紙をごらんいただいたところで、もうひとつ紹介しておきたいのが奥付である。スタイルは5冊ともおなじだから、最初に刊行された新田潤『煙管』に代表させよう。
注目すべきは、著作者名と装釘者名を並列させて奥付に記しているところ。ふつうは装釘者名は本のはじめ、扉のウラや目次のあたりにつつましく置かれている。著者よりも目立っちゃいけない、分をわきまえろ、そんな感じだ。むろん奥付に装釘者名を記した本もあるが、このように著者に伍して記した本は、ほかに知らない。同じころの花森の装釘本をしらべてみたが、衣裳研究所の出版物の奥付にも、並記した例はなかった。
さらに興味をそそるのは、検印紙と著者の検印である。検印紙のデザインは、タオル掛けにむぞうさに掛けられたタオルのようだが、だれのデザインかわからない。しかし、おそらく花森安治であろう。親友田宮がだす文明社最初の単行本である。その装釘者である。検印紙をつくらなくては、画竜点睛を欠くようなものだ。それにしても、奇妙な検印ではないか。森本薰『女の一生』を入手するまで理解できなかった。 上から順に、
(1)煙管
新田潤の印と左に「は」の字印
(2)竹夫人
井上友一郎の印と左に「な」の字印
(3)青春の回想
津村秀夫の印と左に「花」の印
(4)龍源寺
澁川驍の印と右に「花」の印
(5)女の一生
森本薰の印影はない。
「花」「森」「本」の3文字の印が使われている。それがバラバラに押してあって、右側をタテによむと森本、左側をタテによむと花森になる。または上下に分けて、上段をヨコによむと花森、下段をヨコによむと森本になる。他の4人にくらべ、ずいぶん粗っぽい検印だ。
森本がどのような考えていたか、知るよしもない。あるいは印鑑廃止論に与していたかもしれない。「そっちでテキトーにやっといて」ということだったのか。面白半分のようだが、しかしこの印から、検印紙は著者のためだけでなく、花森のためにも使われたことは確かなのだ。これから推されることがある。
つまり装釘した花森にも、著者に対するように、印税が支払われたのだろうか。だとすれば花森は、装釘を編集者のしごとに従属させるのではなく、職業として確立しようとしたと考えられる。それにしても中途半端なのは、本人の印鑑ではなく、おそらく四号(14ポ)の金属活字で代用していることだ。いろいろ想像させてくれてますね。