2011年7月11日月曜日

第二の性 新潮文庫 

1959


書 名 第二の性 Ⅰ 女はこうしてつくられる   
著 者 シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908−1986) 
訳 者 生島遼一(1904−1991) 
発行人 佐藤亮一
発行日 昭和34年10月10日(初版)
発 行 新潮社
発行所 東京都新宿区矢来町71
印 刷 東洋印刷株式会社(カバー印刷 錦明印刷)
製 本 加藤製本株式会社
判 型 文庫版 平綴じ 本文272ページ
定 価 320円(昭和56年38刷)



文庫版 左・Ⅱ 女はどう生きるか 右・Ⅲ 自由な女

文庫版 左・Ⅳ 女の歴史と運命 右・Ⅴ 文学に現われた女


【ひとこと】先にごらんにいれた『第二の性』文庫版である。単行本のカバーデザインが二種あったのを、一つに統一している。花森安治の存命中だったから、文庫版におけるカバーの一部変更は知っていたであろうが、これはむしろ別の装釘といったほうが正しいかもしれぬ。お手をわずらわせる労をはぶくため、単行本のカバーをここに再び録す。書名を活字(写植)にすることで、うける印象がかわってくるのが問題なのである。無機質というか、乾いた感じになった、とおもいませんか。


単行本 女はこうして作られる

単行本 女の歴史と運命

【もうひとこと】さきごろ刊行の『花森安治戯文集1』に、「装釘と著作権」「本作り」の2篇が収載されている。小生未読の文章であった。花森安治の本つくりや装釘についての考え方がよくわかる。小生の記憶ちがいでもなく、憶測もまんざら見当外れではなかったことに、いささか安堵した。

2011年7月8日金曜日

まひる 第十號

1947


誌 名 まひる 「おとぎのくに」改題 第十號
発 行 まひる書房
発行日 昭和22年9月15日
編集人 畠山義男
発行人 吉井武雄
発行所 東京都千代田区神田司町1−1
印刷人 原川力
印 刷 日章印刷株式会社
判 型 B5判 平綴じ 表紙共全36ページ
定 価 15円


【ひとこと】南陀楼綾繁さんから拝借した稀少の一冊。
花森安治にしてはめずらしい、版画のようなタッチの表紙絵だ。チロル風の衣裳や建物から、おそらく『アルプスの少女ハイジ』をイメージしたとおもわれるが、いまやアニメのキャラクターが浸透し、現代っ子にはハイジに結びつかないだろう。ちなみに『アルプスの少女ハイジ』の原作は1880年、スイスのヨハンナ・シュピリによって書かれており、日本では1920年、野上彌生子訳『ハイジ』で紹介されている。


編集後記と奥付


【もうひとこと】まひる書房は戦後、少年少女向けの本や絵本を多数だした出版社。昭和21年度版『最新出版社執筆者一覧』にも収載されているが、当時は麹町区富士見町が所在地、主要出版物名も『少國民』として収載されている。発行人の吉井武雄についてもよくわからない。

表紙に「おとぎのくに」改題とある。社名をとりいれて『まひる』にしたのだろうが、なんのことだか通じにくい誌名にしたものだ。改題を期して花森安治に表紙をかかせたものらしく、編集後記には次号も「花森先生にお願いします」とある。しかし、この一冊きりであったようで、ほかの号は描いていないもよう。

2011年7月6日水曜日

嘆きの市 久米正雄

1948


書 名 嘆きの市 青春叢書
著 者 久米正雄(1891−1952)
発行人 永井直保 
発行日 昭和23年11月10日
発 行 永晃社
発行所 東京都世田谷区羽根木町1837
印刷所 永井印刷工業株式会社 
判 型 B6判 上製糸綴じ 丸背ミゾ 本文258ページ
定 価 180円



ウラ表紙


【ひとこと】かつてこのブログで紹介した深田久彌『知と愛』と同じ永晃社版青春叢書の一冊。叢書には芹沢光治良『美しき秩序』もあり、いずれも表紙はおなじ女性をモデルにしたようだ。小説本の表紙として愛らしすぎるのは、あえて「青春叢書」と名づけ、ティーンエイジャーと称された世代に読ませたかったのであろう。むろん男子を対象にしたとはおもえぬ。竹久夢二が描いた女性が古風な日本女性だったのに対し、こちらは現代女性のメランコリックな気分がよく出ている。花森安治がこんな絵を描いたとは、けっこう驚くひとも多いのではなかろうか。

目をみはったのは髪の色だ。いまふうにいえば、これはファッションウイッグではないかしら。竹久夢二、高畠華宵、蕗谷虹児はもうすにおよばず、中原淳一だってこんな色に毛染めをした女性を描いたことはないとおもうのだが。

版元も発行人もおなじだが、同年4月に『知と愛』を発行したときと所在地が変わっている。戦後、東京の町が復興してゆくにつれて事業所が移動するのは、永晃社だけではなかった。


見返し 前後同一画


奥付

表紙全体

【もうひとこと】本書は南陀楼綾繁さんから拝借した。ご存じのように南陀楼さんは、花森安治装釘本の蒐集で知られる著述家である。世田谷文学館での「花森安治と『暮しの手帖』展」のときも、南陀楼さんのコレクションが供せられ、来館者に眼福をあたえた。このたび拙宅を訪れてくださり、花森装釘本について、話し合うひとときをもてた。どんな宝物も、こっそり隠しもっていては価値がない。多くの人々がごらんになれる形にしたいという思いで一致した。

2011年7月4日月曜日

第二の性 女の歴史と運命 ボーヴォワール

1954


書 名 第二の性(第4巻) 女の歴史と運命   
著 者 シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908−1986) 
訳 者 生島遼一(1904−1991) 
発行人 佐藤義夫
発行日 昭和29年11月30日
発 行 新潮社
発行所 東京都新宿区矢来町71
印 刷 扶桑印刷株式会社
製 本 新宿加藤製本所
判 型 B6版 上製角背ミゾ平綴じ 本文292ページ
定 価 250円(地方売価260円)


本体表紙


奥付


【ひとこと】カバーの絵が変わった。大きく描かれていた女性の子宮と魚が、こんどは小さくなって、象徴性が希薄になった印象は否めない。

いささか女性を愚弄した感じを与えることばに「女は子宮で考える」があるけれど、それを想起させ、女たちの反感でも買ったのだろうか。らちもない。小生はそのことばを賛辞とうけとめている。子宮こそ母性の源であり、母性は愛の極致ではないか。女に侮蔑的にそのことばを投げかけるバカな男がいれば、「くやしかったら、もっと現実的になれ」と言ってやればいいのだ。国会をみればわかるだろう。身勝手な男の理クツで考えても、現実は遠ざかるばかりなのだから。
——と、花森安治なら言うとおもうよ。

奥付の検印。福原麟太郎は『本棚の前の椅子』で、イニシャルを花押のように書いていたけれど、生島遼一はイニシャルの印鑑をつくったらしい。その気持はわかる。けれど印鑑の洋風は、なんとなくおかしい。


カバー全体


表紙全体


【もうひとこと】佐野繁次郎に似た描き文字ではあるけれど、花森安治の特徴がよく出ている。花森がかくと、この表紙のようにすっきりまとまってしまう。あるべき位置に、あるべき大きさで落ち着いてしまう。それに対して佐野は、つねに奔放であり、破天荒でさえある。どれも同じに見えるほど、その個性がきわだつ。なんどもいうが、つまりは編集者と芸術家の資質のちがいであり、ふたりの魅力のちがいなのである。

背表紙には原題だけをのせ、巻数を星印であらわしている。カバーをとって、本棚におさめると、ちょっと知的で、けっこうオシャレだ。


本体背表紙



2011年7月1日金曜日

第二の性 女はこうしてつくられる ボーヴォワール

1953


書 名 第二の性(第1巻) 女はこうしてつくられる   
著 者 シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908−1986) 
訳 者 生島遼一(1904−1991) 
発行人 佐藤義夫
発行日 昭和28年4月10日
発 行 新潮社
発行所 東京都新宿区矢来町71
印 刷 東日本印刷株式会社
製 本 京橋加藤製本所
判 型 B6版 上製角背ミゾ平綴じ 本文292ページ
定 価 250円(地方売価260円)


本体表紙


奥付


【ひとこと】「人は女に生れない。女になるのだ」
——本書第一章幼年期の冒頭、このことばがボーヴォワールの存在を日本中に知らしめた。自立した女性(人間)として、サルトルと互いに啓発しあう関係は、男女の新しいあり方として、とくに日本の女性に、大きな影響をあたえた。女という存在を、男のことば(理クツ)で語る方法を、女が学んだと言っていいだろう。

ただしその同じころ、日本の若い男たちの多くは、口先では新しいようなことを言ってはいたけれど、唐獅子牡丹の高倉健と緋牡丹お龍の藤純子に、じつは心酔していた。あれから40年——。

NHK連続ドラマ『てっぱん』で、久しぶりにお龍さんをみた。富司純子の演技が、ドラマ全体をひきしめていた。とりわけ彼女の手の表情がいい。その両の手は、まぎれなく家事にいそしんでいた手だ。すがた動きが美しい。花森安治最後のエッセー「人間の手について」(1978年『暮しの手帖』第2世紀52号)を想いださせた。


表紙全体

カバー全体


【もうひとこと】訳者の生島遼一は大阪生れ。京都帝大を卒業し、旧制三高教授をへて京大教授になったフランス文学者。じつは旧制松江高校の出身で、花森安治の先輩にあたる。この『第二の性』は全五巻、それぞれ副題を「女はこうしてつくられる」「女はどう生きるか」「自由な女」「女の歴史と運命」「文學に現われた女」としている。

全五巻ともに花森安治の装釘であるが、カバーは前三巻と後二巻でちがう。さらに各巻は、カバーの上にさらにセロファンの透明カバーもかけられている。帯とおなじ役割をはたしているが、下掲のように文字が絵と重なり合って、成功しているとはいえない。セロファンの印刷は当時としては新技術で、どのようなものか、あがり具合を見たかったのかもしれない。


セロファンのカバー 「女はどう生きるか」「自由な女」各オモテ
セロファンのカバー 「女はどう生きるか」「自由な女」各ウラ