1975 |
書 名 はだしのゲン 第一巻青麦ゲン登場の巻
著 者 中沢啓治(1939−2012)
解 説 尾崎秀樹(1928−1999)
発行人 今田 保
発行日 昭和50年5月12日(初版)
発 行 汐文社
発行所 東京都千代田区外神田2−3−2
印刷所 東銀座印刷出版株式会社
判 型 B6 並製カバー 本文276ページ
定 価 480円(但し初版発行時)
「唐澤クン! 机の上でちゃんと読め!!」
——花森安治のするどい叱声に、わたしは跳び上がりそうになった。花森はそんなわたしにおかまいなく、もう背を向けて、歩きさっていた。その時わたしは『はだしのゲン』を机の下にかくすようにして、無我夢中で読みふけっていたのだった。
四十年前の夏、暮しの手帖編集部でのことだった。
読者感想文のページ「私の読んだ本」担当者の机のうえに、つぎの号で紹介される本がつみあげられており、その中の一冊が中沢啓治著『はだしのゲン』であった。しょうじきいえば、わたしはすこぶる怪訝であった。マンガなんか本ではない、と浅はかな考えをしていた。
当時、マンガブームであった。わたしとおなじ年ごろの男たちが、電車の中でアタッシュケースから週刊漫画誌をとりだし、はじらうふうもなく読みふける光景を、わたしは苦々しくおもいながめていた。オレはそんなみっともないマネはしないぞ!
そんなわたしだったから、しかも勤務時間中であり担当でもなかったから、『はだしのゲン』がどんな内容なのか知ろうとして、ついつい机の下にかくすようにして、こっそり読みはじめたのだった。目がクギづけになった。ページをめくる手が止まらない。我を忘れて読んでいたとき、通りすがりの花森がわたしのその卑屈な姿を目にとめて言ったのだ。
わたしは恥ずかしく、机の上において読み続けることはできなかったけれど、すぐに書店で刊行されていた4巻まで買いもとめ、うちで正座して読みとおした。花森の「ちゃんと読め」の叱声が耳にのこり、なにより著者中沢啓治にたいして、もうしわけないとおもう気持があった。
暮しの手帖 Ⅱ世紀38号 「私の読んだ本」のページ |
感想文を投稿した原孝子さんは、末尾にこう書いている。
《私は、「はだしのゲン」はマンガでしか描かれなかったと思う。井伏鱒二の「黒い雨」におとらぬ作品だと思う。この「はだしのゲン」は、わが家ではじめて親と子の「共有」になった本といえる。》
それから四十年、当時は独身だったわたしも二児の父親になっている。愚息らも小学生になると、すすめたわけではなかったが、ふたりともかってに本棚からとりだして、いっしんに読んでいた。わが家でも父子ではじめて「共有」する本になった。
子どもは深く感動すると、あたかも放心しているかのように、しばらく無言になることにそのとき気づいた。今夏『はだしのゲン』は再刊されるという。親子で読みついでいってほしい本である。国民を欺こうとする為政者にとって、いちばんつごうの悪いものは、いつの世も<真実>である。
カバー裏 1975年当時の著者像と談話 |
【もうひとこと】
残念なことにわたしたちは、あくまで立憲主義を否定する安倍政権下で戦後七十年をむかえ、広島に原爆が投下された日をむかえることになった。しかし、平和を築き保つことは、もとよりたやすいことではない。「ペンは剣よりも強し」を信じ、わたしもあきらめない。志をおなじくする人々は、たくさんいる。自民党や公明党にだって、きっといてくれると信じたい。良心にしたがおうとせず、強者に言われるまま生きるのは、それは自ら人権を放棄した<奴隷>にすぎない。
花森安治の声が聞こえる。「日本国憲法をちゃんと読め!」
第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。