2013年1月18日金曜日

徳川夢声の問答有用②


前回、このブログで紹介した『花森安治集 マンガ・映画、そして自分のことなど篇』には、徳川夢声との対談で花森がいった言葉が、抜粋され転載されていました。本篇にかぎったことではありませんが、花森のしごとを発掘するのは容易ではなく、ことに暮しの手帖以外のしごとは整理されておらず、編者の大へんな苦労と努力に、あらかじめ敬意と謝意を表させていただきます。


徳川夢声の問答有用② 朝日文庫カバー

書 名 徳川夢声の問答有用② 朝日文庫
著 者 徳川夢声
装 画 横山泰三
カバー 多田進
発行日 昭和59年10月20日
発行者 初山有恒
印 刷 凸版印刷株式会社
発 行 朝日新聞社
発行所 東京都中央区築地5−3−2
判 型 文庫 本文296ページ
定 価 420円


『徳川夢声の問答有用』は、各界の有名人をまねいて縦横に語らせた週刊朝日の名物連載で、昭和26年に始まっています。対談の名手とたたえられた元活動弁士の夢声に話を聞いてもらえることは、存在が認められたことを意味し、ゲストにとっては喜びであり名誉であったようです。花森安治は昭和28年5月10日号に登場しています。もういちど読みかえしてみました。

というのも最近刊の『花森安治集』をよみ、文中いささか懸念すべき「言葉」を見つけたからです。対談を抜粋したところの見出しに、太いゴシック体で「 日蓮のハッタリに学べ」とありました。はて、ふたりの会話の中に、そんなセリフがあっただろうか——抜粋された花森の発言には、ありません。そこで全文にあたってみることにしたのでした。

結果をさきに申せば、全文をくまなく読んでも、ありません。見出しにあった「日蓮のハッタリに学べ」という言葉は、どこにも認めることはできませんでした。それは花森の言葉ではなく、むろん夢声の言葉でもなかったのです。ふたりは日蓮の優れた表現力を話題にはしていましたが、日蓮をハッタリよばわりなど、一度たりともしていません。その言葉は、編集者じしんの日蓮にたいする偏見にすぎないのではないでしょうか。

日蓮のハッタリに学べ——そんな不遜かつ軽薄なことばを花森が吐くとはおもえませんが、たわむれにせよ花森がそれを言ったとすれば、天に唾する行為です。自分の存在としごとも「ハッタリ」であると、花森じしんが公言したにひとしくなるのですから——。花森と夢声が口をそろえて賞賛したのは、日蓮のことばの力、たくみな布教表現であって、ひとをあざむかんがための詐術でなかったことは明瞭。なによりかより、ハッタリに学ぶなんて、そんなケチな人生、さみしすぎるじゃありませんか。ざんねんにおもいました。

ところで小生は、夢声との対談中、花森のつぎの発言に注目しました。『花森安治集』では採用されていませんでしたから、僭越ながら下に引用転載して供します。


《週刊朝日にしても文藝春秋にしても、その号その号によって、内容は全部ちがう。つまり、新製品なんだから、毎号、新鮮な感じを出さなくちゃうそです。(改行)しかるに、週刊朝日の題字といい、文藝春秋の題字といい、いつも変っていないでしょう。何十年間、酒屋のこもかぶりみたいな字をつかっとる婦人雑誌もあるしね(笑)アメリカあたりの雑誌を見ると、ときどき題字をかえてる。》


かつて小生は、このブログでも、花森が『暮しの手帖』のロゴをひんぱんに変えていることを紹介してきました。上の発言のなかにも、花森安治の装釘の考え方の一端が、読みとれるのではないでしょうか。


【つけたり】徳川夢声の対談集は、昭和27年に朝日新聞社から順次単行本化され、ついで昭和59年に文庫化もされた。その後、深夜叢書社やちくま文庫も再編刊行した。おととし平成23年暮に発行された『KAWADE夢ムック 花森安治 美しい「暮し」の創始者』に、花森安治との対談のみ全文再録されている。

KAWADE夢ムック 花森安治 美しい「暮し」の創始者 2011